12月25日 | 旧ブログ

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先日、父が急逝しました。68歳でした。

詳細な死因などについては伏せますが、本当に突然のことで、勿論何の心構えもしていなかったので、母からメールが来たときは、一瞬、冗談かな?と思ったくらいで。でも、電話越しの母の声を聞いて、冗談でも嘘でもないと分かって、筆舌に尽くしがたいショックを受けました。

正直、父が亡くなった日から今日に至るまで、わたしの中ではまだ一度も気持ちの整理がついていません。本当に、本当に突然だったから。
父とはずっと一緒に暮らしていたわけじゃなくて、寧ろ離れていた期間のほうが長かったせいか、葬儀も終えて、ちゃんと顔を見た今でも全く実感が湧きません。今もどこかで、陽気に飲み歩いているんじゃないかって思ってしまうくらいです。

映画、ドラマ、舞台、小説、今まで様々な媒体で親が死ぬ場面を見てきましたが、現実はあんな風に劇的じゃなかったです。親が亡くなるって、もっと、こう、当たり前のことが当たり前にできなくなって、遺された家族の生活が一気に崩壊するみたいなイメージだったのですが、意外とそんなことはなく。父がいなくても、いつも通りに時間は過ぎて、わたしもいつの間にかいつも通りの日常を生きていて、それが本当に不思議で、不思議で。

でも、テレビを観たり、スーパーに寄ったり、携帯をいじったり、ふとした瞬間、どうしても父の顔が浮かびます。わたしの周りには父と関連しないものなんて何一つなくて、日々、父が居ない現実を、徐々に、ゆっくりと思い知らされています。それはフィクションで観ていた死よりも辛いもので。 何年先になるかわからないけど、もしわたしが結婚したら、父はバージンロードを一緒に歩いてくれないし、父に親族への手紙を読み聞かせることもできない。子供を産んでも顔を見せてあげられないし、孫を見て喜ぶ父の顔を見ることもできない。本当に、胸が締め付けられる思いです。

父はわたしの舞台を沢山観にきてくれて、ブロマイドも買ってくれて、いつもちゃんとメールで短い感想も送ってくれていたのに、わたしはあんまり優しくしてあげられなかったな、とか、今まで母には沢山手紙を書いた気がするけど、多分父には学校行事以外で一度も手紙を書いたことがなかったから書いてあげればよかったな、とか、考えれば考えるほど後悔は後を絶たないけど、全て後の祭りだし、いまわたしができることは、わたしに関わってくれた人たち、これから出会う人たち、そして大好きな渡辺家の人たちを、今まで以上に大切にしていくことだと思っています。

そして、いつもわたしを応援してくださっている皆さんにも沢山ご心配をおかけしてしまい本当に申し訳ございませんでした。
ユニットの活動復帰はまだ未定ですが、来月のどこかでは必ず皆さんに元気な姿をお見せできるように頑張りたいと思っています。
そして3月は、父が大好きだったこちうさの舞台に出演させて頂きます。父が観にこないソリッドスター公演は初めてかもしれません。父は、舞台を観に来るたび、皆さんが送ってくださったわたしへのお花を写真に撮って、いつもメールに添付してくれました。決して器量のよくないわたしを応援してくださる物好きな皆さんに、きっと父も感謝していると思います。改めて、いつもありがとうございます。

それでは、皆さん、良いお年をお過ごしください。来年も宜しくお願い致します。