その日は珍しく仕事が早く終わった。
いつも20時以降くらいに帰っていたのに、その日に限っては20時前に帰路についていた。
私は早く仕事が終わったことをいいことにゲームセンターへ遊びに行こうとしていた。
しかしそんな考えは一つの着信によって阻止されたのだ。着信相手は母親。
「今仕事終わった?」
いつもそんなことで電話をしてくる人じゃなかったので「なんで今日に限って…」なんて思ったが、電話の向こうの声色はいつもと違っていた。
「親父がいくら呼んでも部屋から出てこない」
少し涙交じりの声を聞き、落胆は焦りへと変わった。
数日前から父の様子…というか雰囲気が「変な」感じがしていた。それは違和感に近かったと思う。
そのことが脳裏をよぎってさらに焦る。急いで家に帰った。
家に着くなり2階に駆け上がる。目が赤くなった母が父の部屋の前に居た。
扉をノックし続けていたからかその手は赤くなっていた。
開かずの扉の向こうからは「瞳を閉じて」がループしていた。聴けば聴くほどそれが不気味に聴こえてきた。
音楽が怖く感じたのはそれが初めてだった。
そしてロックが掛かっていた扉が少し開き隙間が出来た。そこから部屋の様子を見た。
嫌な予感は的中してしまった。
床一面に血の海。扉の脇に父。
ゲームとかフィクションとかでよく見るような光景が目に入った。
でも人というのはすごいもので、その後は驚くほど冷静になった。…いや血の気が引いて一周回ってそうなったのかもしれない。
すぐに救急車を呼んだ。けど部屋は開けられず到着を待つしかなかった。
その日からいつもの日常は消えた。
救急と警察が入れ替わり、現場を片付けていく。
嫌なことをたくさん聞かされた。撮影状態にあったカメラとか自家製の道具とか、朝にはその状態だったとか。
現実に追い付けない状態に皆なっていた。それはそうだ。他人事だと思っていたことが自分の身に降りかかったのだから。
時間は深夜の2時くらいだったと思う。そんなことがあった家で眠らないといけない。バカげてるとは思ったがそうしないと睡眠は出来ない。
おばあちゃんの家で寝ることも出来たであろうが、誰もその考えへとたどり着くことはなかった。
そして寝室へ向かう時、一気に現実が目に入る。
「それ」が起きた現場は最低限の処理しかされていない。つまりは痕跡はその場に残ったままなのだ。
血の滲んだカーペットが私達の気力を奪っていく。寝ることすらためらうレベルだった。
まともに寝ることが出来なかった私達はここからまるでジェットコースターに乗ったような早さで時間を過ごすことになった。
長男である私はその日から家の長。母と一緒に書類に目を通したり、葬儀の手続きだったり、役所への申請をしたり。
正直流れが早すぎて覚えてもない。悲しむ暇もないというがまさにその通りであった。
気付けば喪主として親族の前であいさつをしていて、気付いた時には火葬場に居た。
ただ覚えているのは親族の前で怒り、壁を殴ったことだろうか。
本当なら悲しむべきなのだろうが、そんな感情よりも残された私達には怒りがあった。
病気の都合上職場への復帰が叶わなかったことは仕方がないと思う。
だからといって家の金を使いこむのは違うだろう。小遣い程度しか残ってなかったのはつい最近知ったことだが、おかげさまで生活から余裕は消えかかっている。
自分の家は祖父が建てたものだから他の家とは違う変わったつくりをしている。家の仕様を把握していたのは父だけだ。
母すらも家のことは教えられていない。息子にあたる私と弟が仕様を理解できるわけがない。
何より愛すると幸せにすると決めた相手を泣かした。一人の男としてそれはどうなんだ。家族にすら隠すことはあったのだろうか。
喋りかけても無視されればこちらもどうすることも出来ないじゃないか。
そんな感情が家族の中にはあった。
しかし時間が進み落ち着きが戻ってきた時、血のつながりを感じた。
何となくではあるが、父の想いが少し理解できてしまった。何を感じていたのか、言い出しにくかった心情とか。
息が苦しくなった。食べ物がのどを通りづらくなった。涙が溢れそうになった。心臓の鼓動が早くなった。
私にも思い当たるところがあったから。すごく不安になった。自分も同じことをしてしまうかもしれないと思ったとき怖くなった。
でもあんな思いを誰かにさせるのは嫌だ。あんなにやるせない気持ちにさせるのは本当に嫌だ。
人に助けを求めた。相談できて本当に良かった。
それとこのことを表で言わないようにした。いろんな人に気を使わせてしまいそうだったから。今まで通りに過ごせなくなってしまうかもしれなかったから。隠していてすいませんでした。
でもその分皆さんのくれるいつも通りに助けられ、救われました。
本当にありがとうございました。
そしてこの記事を公開した今日は1周忌です。
情けない私ですが前に進むため暗い記事ではありますが綴らせてもらいました。その間にためていた感情を吐き出す意味合いや踏ん切りつけるというとおかしいかもしれませんが、もう少し上を向いて進むために、自分のために書き残します。
これからも変わらず富山のヤベー奴をよろしくお願いします!