虐 待する親への怒り
私は児童虐待防止をライフワークにしたいと思っているので、
昨年から仕事もそれに関連するようなことへ転進しました![]()
今日はちょっとそんな話を・・。
私が子育て電話相談を請け負うNPOに多少関わっていた頃のこと。
こんな相談がありました。
「今年生まれたばかりの双子と3歳の子どもの母です。
夫は毎日帰りが遅く、ひとりで子育てをしていますが
最近、双子の子どもがかわいいと思えません![]()
上の子どもの時は、子育てがとても楽しかったのですが・・。
多分心底憎いわけではないのですが、
毎日毎日泣かれてばかりで授乳もうまくいきません。
夫に訴えてもまともに会話をしてくれもしません。
手を上げる回数も増えてきました
怒ってもしかたないとわかっていますが
エスカレートしている自分が恐ろしいです
」
こんな感じの電話相談でした。
私も双子を育てています。
当時、元夫も「なんでそんなに大変なの
」って感じでしたから、
この人の辛さや孤独、私なりに理解できるように思いました。
一方で、私と同じように子どもの虐待防止活動をしている女性が
次のような話をしてくれたことがあります。
「子どもの純粋な透明さ、純粋さにいつも感動しています。
あるがままの子どもの姿って本当に美しいけど、
親に愛される幸せを享受うしてはじめて子どもは純粋でいられますよね。
子どもを育てることは、親が無条件に与えられた使命ですよね![]()
それができないのは、できないのではなくて、しないだけじゃないでしょうか![]()
そういうヌルイ大人への怒りが私の活動の原動力になっていると思います。」
この女性は虐待する親への怒りに満ちていました。
そのみなぎる正義感、すばらしいと思います。
でも、人間はもともと弱いし、残虐なことをしうる存在だと私は思います。
戦争や集団いじめなどでは、普通の人たちがひどいことをしていますよね。
人間が普遍的に抱える残虐性に気がつくこと
世間を騒がす児童虐待を他人事にしないために
重要なことは、実はコレではないでしょうか。
どちらにしても、怒りや軽蔑は人を、家族を、
ますます孤独に追いやるだけだと思う今日この頃です。
