今年に入ってiPS細胞のパーキンソン病治療への応用に
大きく弾みをつけたのは、培養・選別手順の改良による
移植用細胞の品質向上です。

 人の体を構成する細胞の多くは、
バラバラに漂っているわけではなく、
他の細胞やつなぎとなるコラーゲンなどの素材に
支えられて生きています。

iPS細胞から神経細胞を培養するときも、
ただ培養液に細胞を浮かべるより他の細胞や
つなぎとなる物質で土台を作って固着させた方が
よく育つのですが、これまで土台に使われていた細胞や
物質はネズミなどの動物に由来するものが多く人に
移植する細胞の培養には適していませんでした。

病原体汚染は論外として、なまじ天然細胞由来だけに
よくわからない成分が混ざっていたり、動物由来の成分が
培養細胞に取り込まれて移植時に拒絶反応の原因と
なったりするリスクがあるのです。

 新しい技術では、人体でつなぎとなる物質の一つラミニンを
合成しやすく簡略化したものを土台に使います。

合成は遺伝子組み換えを施した細胞に行わせるのですが、
精製時の目印となる特徴をつけて合成させることにより
高純度の精製を行うことができ、余計な動物由来成分を
含まない土台成分が得られるということです。

また培養した神経細胞の方も、
選別時に目印をつけることで生のiPS細胞など
余計な細胞が混ざらない精密な選り分けが可能となりました。
抗体は種類ごとに結合する物質が決まっていて、

目的の細胞に特有の物質を標的とする抗体も存在するため、
蛍光物質つきの抗体を使って目的の細胞にだけ印を
つけることができるのです。

こうした改良により、人体に適用しても安全と思われる細胞を
培養する方法が確立され、臨床応用に向けての具体的な手順が
固まりました。今後は、ネズミで成功した動物実験をより人間に
近いサルで行ってさらなる安全確認を進め、2016年をめどに
臨床研究の実施を目指すということです。

 パーキンソン病の治療に関しては、患者本人の細胞から
培養したiPS細胞が移植医療に使えないケースの可能性も
指摘されています。

 パーキンソン病の原因はまだよくわかっておらず、
複数の要因が組み合わさって起こる場合が多いと
考えられていますが、中には遺伝子の変異が原因で
起こる例もあります。

iPS細胞になっても遺伝子は変化しないため、
元の細胞に原因となる変異があると、
そこから培養された神経細胞にも同じ症状が出てしまうのです。

 ただ、遺伝子の異常が原因の病気には
iPS細胞技術が無力かというと、そうではありません。

 まず、iPS細胞に遺伝子治療を施すことで
健康な細胞を培養するという構想があります。

体から取った細胞をiPS細胞に変化させる遺伝子を
組み込むときは細胞本来の遺伝子を傷つけないよう工夫しますが、
遺伝子治療では遺伝子を特定のポイントで切り貼りする技術を使い、
細胞本来の遺伝子にある問題部分を健康な遺伝子に
置き換えるのです。

筋ジストロフィーという遺伝子異常に原因がある別の難病で、
中でも特に症状が深刻なためよく知られているデュシェンヌ型と
呼ばれるものを対象にiPS細胞の遺伝子組み換え実験が行われており、正常に機能する細胞を培養することに成功しています。

 健康な人から細胞提供を受けて作り置きの
iPS細胞を用意する計画もあります。

患者本人の細胞からその都度iPS細胞を作るのは
手間も費用もかかるため、あらかじめ培養して
安全性も確認済みのiPS細胞をストックしておけば
いざという時にも迅速に供給できるというものですが、

これだと健康な人の細胞が元なので患者本人の遺伝子異常に
由来する症状とは無縁です。当然拒絶反応が問題になりますが、

骨髄移植で行われるように免疫の型が合う人の細胞を
選ぶことで回避します。

骨髄移植に使えるレベルで一致するのは数百人から
数万人に一人という確率で、骨髄バンクは絶えず
提供者不足を訴えていますが、これは骨髄が
免疫そのものに関わるため免疫の型が
ほぼ完全一致でないといけないからです。

免疫に関わらない細胞の場合、移植された細胞が
拒絶反応の対象になりさえしなければよいので、
拒絶反応を受けにくい人から細胞提供を受けることで
ハードルはぐっと低くなります。

具体的には、免疫の型というのは両親から
一つずつ合わせて二つ遺伝するものですが、
両方から同じものを受け継いだため免疫の型が
一つだけの人もいて、そうした人の細胞であれば
どちらか一方でも同じ免疫の型を持つ人の体になら
拒絶反応なしで移植できます。

骨髄移植の場合だとこうした片側だけの一致は
一致しない側を移植された細胞からの免疫機能が
異物とみなし移植先の体を一方的に攻撃・破壊するため
かえって危険なのですが、免疫に関わらない細胞の移植なら
そうした問題はなく、免疫の型を75種類そろえれば
日本人患者の8割にはどれかが当てはまるということです。

そのため、骨髄バンクや臍帯血バンクなどと連携して
協力者を募りiPS細胞バンクを整備する計画が進んでいます。


 また、iPS細胞から培養した細胞にも同じ症状が出るということは、
裏を返せばiPS細胞から培養した細胞で症状を再現・観察できる
ということです。

 そこで特定の病気を引き起こす遺伝子異常を持ったiPS細胞、
つまり「疾患特異的iPS細胞」を培養し研究材料として
広く提供する動きがあります。難病研究や新薬開発の
突破口として専門家のiPS細胞に対する期待は
ますます高まる状況のようです。