一度,園の先生に車で団地まで送ってもらったことがあった。
別にしんどかったわけでもなく。
その日は昼食後にすぐ帰るという日だったのに,私はお弁当に入っているプチトマトが
フォークで上手くすくえず,悪戦苦闘しているうちに気づけばみんな帰ってしまっていたのだ。
それまでも先生が何度か
「ありめちゃん,トマトくらい残したら? みんなと帰ろうよ」
と声をかけてくれていた。
しかし私は聞く耳をもたなかった。
そのせいで「頑固だね」なんて言われた。
冗談じゃない。トマトくらい残したら、って・・・何言ってんの先生。
親が作ってくれたお弁当を残すなんて,殴られるのが目に見えているのに
なんで残せなんて言うの!?
信じられない。
団地に着くと母が一人でぽつんと待っていて,私は身を固くした。
先生が事情を説明してくれている間も,私はこれから自分の身に起こる悪夢を想像して震えていた。
「残したら怒られると思った。だから帰るのが遅くなった」
そんな言い訳はできなかった。
母が私を思うがままに殴っている最中,私は
みんなが帰ってきて列の中に私だけいないことを知ったとき呆然としたであろう母を想った。
私がどれだけトマトと戦った話をしたところで,
みんなと同じ行動ができなければただの「普通じゃない子」でしかない。
私がどれだけ母のことを考えていたって,決して母には届かないのだ。
“普通じゃない子”。
それは完璧主義である母に最高の劣等感を感じさせ,母の一番嫌いなものだった。
きっと重荷であるに違いない。
のちに私は「お前みたいなやつは一番嫌いな人種や」と長年にわたって言われ続けることになる。
母親にでさえ否定される自分が,嫌で嫌で仕方なかった。昔からずっと。