先日有名な松田優作の「探偵物語」、の最終回、というのを観た。
若いカップルがなんとなく犯罪に巻き込まれ、裏には政治家や暴力団の利益やらなんやらがまみれていて
街の仲間が巻き込まれ犠牲になり、
それを松田優作は延々と追いかけ、殺していく・・・
という、多分「何故この男は探偵を始めたか」
みたいなプロフィールのような話
になっていたと思われたのだが
次々とためらいもなく映画の「野獣シリーズ」みたいに、
松田優作が悪人たちを殺していく映像が続き、
「不要な悪をどんどん殺していく」イメージを描くことで心救われる視聴者の支持狙い、
なんだろうなあと言う感じだが
こういう正義を貫くための酷い事のイメージ映像=殺人が、やすやすと目の前で繰り広げられ、
結果犯罪は減るか、平和になるかというと減らない、
静かに心の底で場合によっては殺人を肯定するエネルギーはどんどん育って行く、
生活に殺人が馴染んで殺人犯は結果増えるというのがTV催眠、というやつだ。
注意喚起にはならない。
大切な人たちをいとも簡単に殺していく、この世に潜む悪をぶっ潰したい、そのために工藤(役名)は探偵になった、
という映像が結果的に悔しい事件を減らす事にはならず逆に犯罪を増やす、
脳的にはなんとも皮肉な事をしているのは世の中よくあることだ。
コレとおんなじ事が、妊娠出産界では今でも続いている。
あなたの周りに一人はいるだろう、帝王切開するしかなくなって、子供なんぞひとりでに生まれてこない、出産は大変なことだと真剣に暗示しに来るおばあちゃん。
身重で初産だと何も知らないのねと先輩ぶって、聞きたくもないのに一部始終語ってくる人。
こういう人ってつまりは出産だけでなく、なんにも一人で出来ない人なのです。
親が放置した人が殆どで、孤独で、失敗談や不幸をネタにしてでも注目を浴びたい。
こういう人の家庭のシステムというのは端的に言うと
子供の相談にも乗らずただヤラすから当然子供は失敗する→ここぞとばかりやっぱりお前は馬鹿だ、とか運が悪いとか無能とか言って、
親がいないと生きて行くのは無理と言わんばかりの奴隷洗脳をする。このパターンの奴隷だ。
でその子供、そのままお家で親の奴隷して静かに暮らせばいいけれど
親そっくりな支配行動を外で繰り広げはじめるのだ。
隙のある年下の人なんかをターゲットにして。
世の中の真実はこうです、と言わんばかりの失敗行動体験談の語り部に出る。
変わった体験を自慢したいし、支配したいし、注目を浴びたいのだ。
・・・あなたが酷い体験をしないために語っておきますね、は
平和な世界を築きたいから延々と殺人を犯していく探偵工藤の映像と同じだ。
あなたの大切なものを守るために殺していいですよ、みたいな平和とは逆のイメージ刷り込みになるだけ。
こんな酷いことがあるんだぜ?などと言いながら、世界は酷いものだと引き寄せの種を埋め込みイメージを刷り込む。
世界を否定し、ネガな自己肯定しているに過ぎず、逆に注目すれば酷いことは増えていく。
「私の心は酷い経験を他の人にさせないために行っている!」でも
実際の相手の脳には「不幸な現実」が起こるパーセンテージは増える。
一般的な人の「心」、なんて言っているものは脳のたった10%に過ぎないことがほとんどですしね。
こういう悪いイメージ埋め込みを絶対肯定している人に出会うと
悪いことがあるのを前提に起こらない様にしよう、ではなく
そもそも物事に向かう元々の姿勢が違うんだよなあ、といつも思う。
恐怖や不幸を前提に生きているのだ。
帝王切開する人というのは、口ではきれいごとを言うけど、子育てなんて無理とかしたくない、自分は育ててもらってないと思っている人がほとんどなのだ。
だから他人の手を借りないと赤ちゃんは出てこれないが起こる。
だから、子供を産んで育てて楽しんでみたいなあ、みたいな気持ちの妊娠した人とは根本から違うので、
話を聞く必要はありません。
さも、自分が全て経験したことが本当、みたいな洗脳じみた話をしてきますけど
その人たちの絶対自己肯定は親の虐待の圧がかかっているので凄まじいものがありますから早く逃げるように!
相手の親の毒の餌食になるだけです!
本当にエゴが世の中渦巻いている。
親に認められたい欲、世間一般のことをしたい欲、
誰かに大切にされたい欲、立派だと思われたい欲、
正義!欲、ね。
誰が決めたのかわからないような。
・・・私は1日でも楽しくラクに生きたいだけですけどね。
他人の意見や見方なんてどーでもいいや。です。条件付きの愛なんてまっぴらだ。
(豆乳ティラミス。まあまあかな)
んで、変な洗脳もまっぴらごめんです。ネガな情報に流され騙されないように注意してくださいね。
ではでは。