3日前の誕生日、Facebookに
こんなおねだりをしてみました。(笑)
すると沢山のお友だちがコメントくださって
有難くて嬉しくて感謝の気持ちで一杯です♡
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中でも沢山いただいたのが
「いいところを見つけて褒めてくれる」
「背中を押してくれる」
というニュアンスの言葉。
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でもね、
どちらも私の自覚としては
「本当のことを言っただけ」
「行動したのはあなた!素敵☆」
という感じなのです。
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褒める、の意味を調べてみたら
すぐれているとして、その人や事を良く言う
とありました。
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つまりね、私的には
「すごいことをすごいと言っただけ」
なんですよね。😊
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そんなことを思っていたら
こんな過去の投稿が
Facebookに上がってきました。
「強み」という言葉を聞いたとき
「他者から褒められるようなこと」
みたいに解釈する人が多い気がします。
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でもね、違うの。
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褒められることも、そうでないことも
(もしかしたら非難されることさえも)
全部【あなたの強み】からきてる。
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もし私が誰かの「背中を押す」ことが
できているのだとしたら
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それはたぶん
私の言った「本当のこと」を聞いて
「自分は自分のままでしかいられないし
⠀それでいいんだ!」と自覚したら
安心して踏み出せるようになるからで
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つまりは【自力】なんですよね。
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私たちがそう思えないのは
そういう教育を受けてきたから
とも言えるのだけれど
(学力にしろスポーツにしろ何にしろ
他者との相対評価で優劣をつけられる)
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そんなこんなを教育とか何かのせいにして
自分をちゃんと見ることを放棄してるのは
なんかちょっとダサいなと思う。
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自分をちゃんと見る。
これね、もしかしたら結構な割合の人が
練習しないとできないかもしれない。
自分のことはなかなか客観視できない。
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自分のことを客観的に、俯瞰的に
見ることができる能力を
【メタ認知能力】といいます。
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メタとは「高次の」という意味。
でも特殊能力でもなんでもない。
ちゃんと私たちに元々備わってる。
ただ、育まれていない場合はあって。
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だから、そういうときに
「他者の目を借りる」のは
ある意味有効な手段なのだけれど
「他者の目線に基準を置く」のは
メタ認知から離れてしまう行為です。
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私のまわりの
ピラティスインストラクター仲間が
どんどん変わっていかれているのは
(というか本来の自分に戻っている)
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やっぱりね、ピラティスのチカラが
大きいんじゃないかと思っています。
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私が皆さんの背中を押せる、というか
皆さんの自力を促進できているのは
たぶん私がピラティスでしてることと
全く同じなんです。
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コントロロジー(Contrology※)です。
「自分とつながる」ということです。
※ピラティスさんの造語。
※コントロールの哲学、の意。
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たぶん「身体」を通していることが
「メタ認知」を育んでくれて
「安心感」を生み出してくれて
「自力」を促進してくれるんじゃないかな
と思っています♡
ピラティスとメタ認知については
2年前に書いたこちらの記事にも。