あの日の事を思い返しては、途中気分が悪くなったこともあった。

あの日々の事は、何だったのかその答えはもう必要がないとも思える。

 

好きの反対は嫌いではないと言う。

好きの反対は無関心。

 

あたしは、今の生活を、楽しみ、笑い、普通の生活を送っている。

それは、決して彼との生活の中ではできないことだったろう。

そして、彼を思い出すこともなくなってきていた

 

これは、彼との生活のせいじゃないかもしれない。

しかし、あたしの病気は悪化し、統合失調症と診断され今は治療を受けている。

 

今までの彼の怒りや暴言は、あたしの気持ちを確かめたいだけの、寂しがり屋で臆病の現れだと思っている。

それか、完全なるモラルハラスメントだろう。

 

あたしが例えば、鬱じゃなければ。

彼がてんかんじゃなく、車椅子じゃなければ、もっとちゃんとやっていけたんだろうか。

その答えを確かめることも、もうない。

既に、彼の電話番号も住所も忘れてしまった。

 

そう思えるのは、あたし自身が彼に対して、既に愛情がないからだろうか?

時間と言うものは、傷口を治すものだと思っている。

でも、そこには、傷跡が残るのも事実なんだ。

 

 

 

メンタルの病院の帰り、駅のロータリーの広場で、車椅子の人を見た。

車椅子は彼との色と同じで、乗っていた人も…。

 

彼だ!

何故ここに!?

 

拓哉…

 

あたしはそう呼ぼうと息を吸った…。

 

 

 

 

 

 

 

 

                              ―これは、ノンフィクションです。

                           

        長い時間読んでくださってありがとうございました。―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日して、彼の元へと訪れた。

カギは置いて出たので、もう入れない。

 

インターフォンを押す。

「はい」彼は冷静に出た。

カメラもついているので、あたしだと言う事はすぐ分かる。

 

「元気?入れて」あたしは明るく言った。

肩の荷が下りたからだろうか。

本当に明るく言えた。

 

「何で?」と、始め彼は拒んだが、インターフォン越しだと恥ずかしいからと言うと、玄関のカギを開けてくれた。

あたしは、玄関に入って、既に他人の家と言う感覚をもった。

彼とは、もう他人だと言う事の表れだろうか?

 

リビングに入り、彼が車椅子から降り、柱にもたれかかり座る。

その彼の足もとに、あたしも座った。

 

話す事は今までの事になり、あたしは思いだし、また泣いていた。

自分が可愛そうでならなかった。

ここまで我慢していた自分をなぜもっと早くそうしてなかったのかと、思えるほどだった。

 

彼が1枚の写真を出してきた。

「この前、お見合いをした」

それは、出会い系での紹介された人らしく

「断られたけどね」

と、あっさりと彼は言った。

 

あたしの中で、嫉妬心も何もなかった。

不思議なくらいなかった。

あるとすれば、また辛い思いをする女が出来るのか、言うくらいだった。

 

泣いていた涙も乾いた頃、あたしは、

「そろそろ帰るね」

と、柱で座っている彼にキスをした。

彼は少し驚いたようだが、拒まなかった。

「2年後に、また来るから。また会いに来るね」

と、あたしは言った。

 

「その時には、もうここにはいないかもしれないけどな。探偵でも使って調べるんだな」

と、彼は憎々しく言う。

 

調べるほどの価値などないと言いたかったが、あたしは笑ってごまかした。

 

「後悔はない?」

離婚届を出しに行ったときの言葉をあたしはもう一度言った。

彼は肩をすくめながら

「後悔しながら生きていくよ」

と軽く笑った。

 

未練も何もなかった。

ただあたしのメンタルは崩壊され、このまま逃げるように札幌を出るのは嫌だった。

 

あたしは、またウィクリーマンションを1ヶ月借りて、一人の時間を過ごし彼との街を出る準備をしていた。

 

もう、泣くのは嫌だった。

ここを出る時には、笑って出たい。

そう思った。

 

1ヶ月は、精神的にズタズタにされたあたしには短すぎた。

しかし、お金もない。

病院の転院での紹介状などの手配もしながら、1ヶ月などあっという間だった。

 

彼に会いたいとか、そう言う気持ちは、もうなかった。

早々に荷物をまとめ、引越しの準備をする。

何度目の引越しだろう。

 

札幌を離れる電車に乗った時はもう、雪虫が飛んでいた。

 

「俺は、騙されているのか?」と彼は叫んだ。

その怒りはどこから来たのかが理解できないあたしは、また暴言を吐かれると身構えていた。

「ウイクリーの部屋の鍵を返さなかったのは、いつでもまたそっちに行けるようにだろう!」

と、それは凄いけんまくだった。

 

正直、「そんな事で?」とも思ったが、彼の怒りは頂点に達していた。

「受付の窓口が、もう終わってたからでしょう」あたしは、諭すように言った。

 

「そんなに怒ってばっかりで、嫌じゃない?」 

あたしは、彼への恐怖心もあり泣きながら問う。

彼は、凄い嫌そうな顔をして

「うん」

と頷いた。

それはとても素直答えだと感じていた。


「今度喧嘩になったら、すぐ離婚しようと決めていたの」

あたしは、そう言ってサインをしていた離婚届を彼に渡した。
ウイクリーマンションに迎えに来た時は、またやり直すんだと思っていたけれど、もう無理だろう。

 

また、彼の怒りが頂点に達しているのが分かった。
もう、続けるのも嫌だったし、彼自身ももう限界だと悟っていたはず。

時間は既に4時半を過ぎている。

彼も、その離婚届にサインをすると、玄関まで行く。
外へ行くとタクシーはすぐ捕まえることができるだろう。

玄関で靴を履いている彼を見ながら、

「本当に後悔はないの?」

とあたしは聞く。
「無いね!」

と彼。

 

思っていた通りの答えだった。
そのまま、彼は車椅子で外へ出た。

 

あたしは、今ならまだ間に合うとも思ったけれど、もう彼を追いかける気力はなかった。
辛いだけだった結婚生活を終われると言う安堵感と、一生一緒と決意していた頃の自分の面影が交差していた。

20分待ったと思う。
彼は、戻ってはこなかった。
本当に、役所に行ったのだろうと思った。

 

あたしがこのままここに居れば

「もう他人だ」

と追い出されるのは分かっていたから、あたしは、簡単な荷物を持って彼との家を後にした。
 

毎回、原因はなんだったのかは分からない。
原因は、あたし達二人が、一緒に居る事だったのかもしれないと、今は思えたりする。
とにかく、彼の怒り方は、度を越えていた。

バカの一つ覚えのように
「通帳とカードを置いていけ!」と始まり、あたしのお財布からお札だけを抜く。
まるで、無一文で放り出したいかのようだ。

 

あたしは、いつものように家を出る。
離れている間の彼の身体の心配など、あたしには無くなっていた。
それと同時に、あたしが居なくとも何でも無い事だろうと言う落胆もあった。

あたしは彼のマンションを出てすぐ近くのウイクリーマンションを1週間だけ借りた。
1週間と言うのは、最短1週間のウイクリーだと言うので、仕方なく借りた。

「暫く、放れてみて考えようよ」
そんな言葉を、出で行くとき、あたしは彼に言ったが、彼の返事はなかった。
自分でも何がしたいのか、どうしていいのか分からない。


「お前が勝手に来たんだろう」その言葉を言われ続けた事に、引っ掛かりがあった。
彼はどうして自分を認めないのだろう。
あたしを愛する事を何故拒むのだろう。
全てが答えの無い疑問だったのかもしれない。

ウイクリーマンションの部屋は、静かな夜だった。

テレビのない生活だったので、テレビを見る習慣もない。

音のない部屋で、あたしは、電気を点けたままベッドに横たわっていた。

 

辛くて一晩中泣いていた夜もあった。

その時は、彼はティシューを耳に入れて寝ていたわ。

大量の薬を飲んで、自殺を図った後も、何度も自分を消したかった。

「だからお前はダメなんだ」と、何度彼に言われ続けていただろう。

 

あたしの全てが嫌でたまらないこともあった。

何が悪いの?

どうして?

どうして?

彼が怒る原因が見つからない。

そのことを、どれだけ悩んだだろう。

考えてもあたしは分からないことだらけだった。

 

彼の元へ行く前に、てんかんの人は性格に問題があるからやめといたほうがいいよ。と言われたことを思い出していた。

彼の性格は、てんかんから来るものなのだろうか?

普通はこうなんじゃないか。と言う『普通』の基準があまりにも違い過ぎての事じゃないのか?

あたしは、自問自答しながらも、疲れて眠りについた。

 

 

ウイクリーマンションで1泊をした翌日。
あたしは、賭けをした。
もう、どうでもいいと思っていたからかもしれない。

それとも、すぐ来ると願っていたからかは、自分でも分からない。

 

彼に電話をすると、彼はすぐ電話に出た。
「もし、まだあたしとやる気持ちがあるのなら、迎えに来て」

彼は、無言で電話を切ると、すぐに部屋へと来た。
それは、明らかに彼が決断した行動だと思いたかった。

すぐに来た = あたしとまだやる気がある
そうとって良いのだと思っていた。

それがあたしには嬉しかった。

あたしは、彼を車椅子からベッドまで引っ張り、そのままキスをした。

彼は少し抵抗していたが、それを受け入れる。


彼のお迎えと共にあたしは帰宅することした。
既に、ウイクリーマンションの受け付けは終了してたし、1週間もレンタルの契約をしているので、カギを急いで返さなくても良いだろうと思い、特に拘らずにいた。

 

いろんな事を話し合い、また口論となり、また解決する。
多分、他の夫婦より少し多い喧嘩かもしれないけど、それでも、夫婦としてやっていくんだろう。

 

あたしは、そう解釈して「ご飯作るね」そう言って立ち上がると、彼は叫ぶ。
「ちょっと待てよ!俺は騙されているのか?」
 

台所に向おうとしたあたしの腕を掴み、

「ご飯なんて作らなくて良い!」
その彼の掴んだ手の力が余りにも痛くて、あたしは恐怖に包まれた。

 

今度は何なんだろう。

彼の怒りのスイッチが分からない。

ただ恐くて、次に出てくる彼の暴言を受け入れる覚悟をしていた…。

 

 

雪もなくなり、駅が近くなり、天気のいい日は彼が、

「どこかへ行こう」
と言う事が多くなった。
「何処へ?」

とあたしが聞く。
「とりあえずは、地下鉄の最後の駅にでも」

彼は言う。

何の目的も無い行動となる。
札幌に長年住んでいる彼でも、コレと言ったお薦めする場所はなく、何処へ行くにも結局は車椅子なので、エレベーターだの遠回り距離で、正直あたしは疲れる。
しかし、断ればまた機嫌を損ねてしまいそうなので、わりと付き合うことにしていた。

 

時折、珍しい物や、欲しい服などチラっとは見る事はあった。
「欲しいなら買えば?」

彼は言う。
しかし、ただでさえギリギリの年金暮らしで、まだ安定していない生活。
生活費が足りなくなってしまったら、あたしが持ってきたお金を出す事になるのは、嫌だったのであたしは、

「今度ね」

と、買うのをやめる。

 

途中、休憩しようと、お店に入ろうと言う彼。

たとえば、マックだったり、ケンタだったりでも、入り口に階段があったりしたら無理で、無いとしても、車椅子で入っていいかどうかを、先に確認してからの事になる。

 

入れたとしても、彼はホットコーヒーを頼む。

あたしは、アイスコーヒーを頼む。

ポテトも一緒にと勧められる。

じゃあ、お願いします。と言うと、彼にはそれが気に入らないと見る。


突然、彼が言い出す。
「お前は、最低だな。結婚は本当に間違いだったよ」

 

彼は、とことんまであたしを突き落す言葉を選び言う。

「俺は、歩けなくなったことより、お前と結婚したことの方が不幸だ」

どうやら、ポテトを頼んだのが気に入らなかったらしい。

「そんなにあたしが嫌い?」

あたしが言う。
「あー。嫌いだね」

彼は淡々と告げる。
「あたしもあんたを、悪魔だと思ってるよ」

あたしはわざと憎々しく言う。
「あー。そうさ、俺は悪魔で良いよ」
「じゃあ、嫌い同士で同じ気持ちなら、それはそれでやっていけるじゃん」あたしは、わざと明るく言う。

彼はそんな言葉で納得したのか、商談成立とばかりに握手をあたしに求めた。
あたしは笑ってその手を握った。


彼は知らないだろう。
あたしの心の中で泣き叫んでいたことなど…。