今日も朝から、希死念慮が襲って来ました

寒い日程、そうなりやすいみたい

そんな時はソラナックス2錠とメイラックス1錠、デパゲンR1錠です

今では朝起きたら洗顔、歯磨きをするのと同じ感覚になってますね

時間に差はあれども次第に落ち着く事も、それが症状のひとつなのも判ってるからこんなに冷静


お気に入りのカップにコーヒー(面倒なのでインスタント)とチョコレートがあれば幸せ

今日食べたのは、セールで安かったクランキーチョコ

私の幸せは90円で手に入るのです


こんな精神疾患なんて持ってると嫌でも、自分の内面と深く向き合う機会が増える

そうしていると嫌でも自分の弱い面を見なくてはいけなくて…

辛い時に笑って大丈夫と言える事が強さだと思っていた

人に頼らず一人で全部抱える事が強さだと思っていた

辛い時に辛いと認められないのは私の弱さ

人に任せれないのは、本当の自分を知られたら逃げられるという思いがあるから

心の奥底では信じ切れて無いんだろうと思う

だけど何でもかんでも話してしまう事が、正しい事かどうなのか判らない

元同居人の他にある一人にだけ、病気の事はカミングアウトしてしまった

時折「しんどい」とか言っちゃうけれど、これは頼ってる内に入るのかな?

甘えてる事になるのかな?

ちゃんと幼少期に甘えと自立の精神を培ってこなかった私の人格は、子供のまま未熟なんだろう

小さい頃から汚い部分を見過ぎた

心の奥底に広がる憎悪や、殺意が湧きあがる瞬間も何度も体感した

人間の心はどこまでも醜くなれるんだと思うと同時に、自分の中にその感情が眠っている事を実感した


自分では終わった事だと思って話していても、相手に「ごめん」って謝られると

自分と相手の境遇の違いに傷つく自分も居て

やっぱり普通じゃないのかと再確認させられる


それでも、今まで自分が居た境遇やしてきた事は変わらない

変えようのない事実だ

それを受け入れて生きていくしか無いんだ



一日生きるという事は、一日死に近づくって言う事だ

こうしている間にも確実に寿命は縮まっているんだ


そして人が一生のうちに出会える人の数も

一生のうちに出来る事柄も驚くほど少ない

だけど、そのチャンスを増やす事は出来るんだ


会える時に会いたい人に会っておこう

歌える時に、歌っておこう

行ける時に、行きたい場所へ行っておこう


失ってからじゃ遅いんだ

言葉は時に凶器になる

だからこそ気を付けて使わなければいけない


自分の事なら何言われても構わない

だけど人伝に聞いたというだけで、勝手に判断し仲間の事まで悪く言う奴は許せない

その場の空気や、状況はそこに居た人しか判らない

判らないなら、まずどうしてそうなったのかを経緯や理由をしろうとするのが先決ではないか?

その過程を飛ばして、妄想だけであれこれ勝手な判断をされ断言されても困る

そしてこういう意見は、言ったもん勝ちみたいになって、その意見が事実と捉えられてしまう事もある

あとでこういう事情だったんですと出しても、最初の意見を覆らせ、納得させるには時間も気力もかかる

さらに、最初の間違った意見だけを聞いた人が、他の人にまたそのまま言ってしまう事もある

最初に聞いた言葉というのはそれだけ重要なんだ