途切れた記憶という話の中で、学校へ行けなかった時期があったと書きました
その時一番支えてくれたのは、私がずっと尊敬し続けるアーティストの歌と
何より一番身近に居てくれた友達でした
3人いるんだけれど、その内の二人は小学校二年からの付き合い
だから人生の大半は一緒に過ごしてきた
もう一人とは小学校5年の時に同じクラスになった
当時の私と言うのは、これまたどうしようもない人間でした
口下手にも限度があるだろ!って位
仲が良くなると内弁慶なんで話せますが、そこまでいくのは大変です
学校の授業でもがんがん発言出来ます
それは式から出た答えだから、自分の感情はそこに入らないから
だから作文なんて、もろ自分の感情を表現しなきゃいけないものは何ひとつ書けなかった
学級会でも発言を求められても「別に」「何も」と答える
一番ひどかったのは朝、「おはよう」って声掛けられて、普通に挨拶を返せば良いのに
どうして良いか分からずダッシュで逃げた事です
声掛けた方も呆然となったでしょうね
ダッシュで逃げるほど嫌われてると思ったと、後になって語ってくれましたが
誰でもそんな態度取られたら当然です
そもそも何を聞かれても「うん」「ううん」しか言わない女を見捨てずに
根気よく付き合ってくれた友人はなんと心が広いのでしょう
まともな会話ができるまで約2年は掛っています
そのまま中学に進み、こんな性格だと当然周りからは
「なんなんだあいつは」という態度に変わります
これまた当然ですね
しかも学年でリーダー的な人に目をつけられたから、学年単位での苛めはきつかったなぁ
さらに女子に人気のある人だから、もう悲惨
そんな中一緒に居れば、自分にも害が降りかかるかもしれないのに
変わらない態度で接してくれたのは嬉しかった
どうしてここまで彼女達は優しく接してくれたのか
今でも判らないです
高校は自分の知ってる人の居ない学区外の所へ行ったし、どうせ万人に好かれる人はいないんだからと
開き直った結果が今の自分です
開き直り過ぎじゃないかって位別人ですね
引っ越しやら何やらで会う機会も減り、今はそれぞれ家庭を持っていたりで
年に数回しか会えないけれど、それでも大切に思っていてくれて、本当に自慢の友人なんですよ
小中学校の時って、家の中も荒れてて悲惨だったけれど、今こうして普通に語れる位回復しているのは
その時に、それ以上に一緒に笑ったり楽しんだり、そういう思い出を共有した仲間がいたからなのかな
テスト前一緒に勉強したり、飽きてドラクエやったり、答え合わせして一喜一憂したり
楽しい思い出ばかりが今は蘇ってくる