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余生が始まるよ

この生はあまりに波瀾に満ち溢れていて
そろそろ静かに暮らしたいんだ



特殊な事情がありますので
絡みのない方のアメンバーはお断りさせていただいております。
ご了承ください(。-人-。)

※虐待・毒親についての表現があります。

トラウマを抱えている方・引っ張られそうな方等

どうかここで、ブラウザバックをお願いします。




母が働きに出たのが

私の小学校入学とほぼ同時。

なのでその時に、私は家事一切と

兄弟たちの世話に関して、責任を負わされた。


小学一年生が、5歳3歳1歳を

保育園に迎えに行き、面倒見ながら

家事を回してたのよ。

今考えると、なんておそろしい。


それ以前に、前記事に記した通り

下ふたりへの見せしめとして

私と弟①への暴力は、日常的に行われていた。

明らかに、私にも弟①にも一切過失がなかろうと

大きい子が悪いの一声で、

並んで正座させられ、木の棒で

ボコボコに叩かれて育っていた。

棒を使う理由が、手で叩くと、自分の手が痛いから。

わかる?

子どもを叩いたら、手が痛い…

ペシンと叩くと言った、レベルではないということ。


自分が悪くて怒られたことなら

たいして記憶には残らない。

理不尽な記憶ばかりが残る。

それはアルアルでしょう?


はっきり言う。

憎かったんだよ、下ふたりが。

お前らが言うこと聞かないから

泣き止まないから、自分たちが殴られるんだと。


そして、両親は仕事に逃げ

家には小学生の私を頭とした

子ども4人の世界。


できる訳ないじゃん、小学生がさ。

1歳児までいる下の子たちの面倒と

家事一切なんてさ。


そして、私と弟①には、すでに

下ふたりに対する憎しみばかりが育っている。

暴力で育てられてる子どもが

さらに下の子の世話をしてんだよ。

暴力・負の連鎖が起こるのは明らかなこと。


それでも、家事が完璧に終わっていなければ

また暴力が待ち受けている。

小学生の私ひとりで、完璧になんて

どう考えたって、絶対に無理でしょ。

だから、弟妹たちにも、年齢に応じて

今日は誰が何係、みたいに割り振って

それだって、クソガキどもがまともに言うこと聞くはずもない。

余したまま、寝てしまう。

親が帰って来て、あれが終わってない

ここが行き届いてない

あんたに任せてあんたの仕事なんだからと

叩き起こされて、暴力とともに強制される。

それが、私の幼少期の日常だった。


中学生からバイトだ!?

甘えんなよ、こっちはそれすらできなかったわ。

お前らの世話があったからな。

バイトして、塾代を賄ったとか言うが

塾なんてそもそも、他の誰も行ってないんだわ。

高校生の時から、毎月親に寿司を食わせてたとも言うが

それはお前が寿司屋でバイトしてたからな。

逆にそれだけの余裕があったからじゃろがい!?

こっちはお前らの世話が最優先で

バイトどころか、何をしたいと言っても

金がないと却下され、

私は進学も諦めざるを得なかったわ。

ほんとは大学に行きたかった。

一旦社会人になってから、自力で大学に行こうなんて

若気の至りで甘い考えでいたけど

実際働き始めたら、そんな余裕も気力も

結果的になくなったがね笑笑


下の世話がなかっただけでも

お前に私と同じだけの負担があったとは言わせねーわ。

小学生からの家事!?

そんなん、お手伝い程度だろうが。

家族も食い扶持も、少なくとも2人減ってるのだから

家事の量がそもそも変わっているし

その分親の懐だって、多少は楽になってたはず。

それで自分だけ辛い思いをしたなんて思ってるのが

大きな甘えでしかないんだよっ。


私は放課後や休日に、友だちと遊んだ記憶もほぼないよ。

極々たまーに、それが許されたとしても

弟妹がいる人にはわかると思う。

連れてっての泣き攻撃。

お姉ちゃんなんだから連れてってあげなさいと

親からすれば、テイの良い厄介払い。

絶対に言うこと聞くから連れてってと泣かれ

渋々連れて行ったって、言うこと聞くはずがない。

弟妹たちに手こずってる間に

友だちからは遠巻きにされる。

その繰り返しに、もういっそ

友だちとの約束ごと諦める。


だから私と弟①は、高校卒業時に、

親が簡単に手を出してこれない

道外に逃げたんだよ。

下ふたりも、家から出たとは言え

逃げるような距離までは行かなかったじゃんか。

そこに答えがあるんでないの?



私の不干渉、弟①の暴力は

もちろん何があっても許されることではない。

ただ、その暴力の負の連鎖が

兄弟間で完結し

その下の世代への連鎖を止めただけでも

よくやった自分たち、と

実際のところは思ってる、個人的に。

弟②にはそんなことは

さすがに言えやしないけど。




結論、私が思うに

うちの両親は、4人もの子を産める器ではなかった。

経済的にも、精神的性格的にも。

しかも現存してる今の4人すら

『選ばれた命』であると知ってしまっている私は

それだけで、自分の存在すら忌まわしく

消えたいほどに重く、気持ち悪い。

綺麗に2歳違い、それも同じような月に集中して産まれていること

作る時期を計画したものではなく

数人の、産んでもらえなかった子たちの上に

タイミングで選ばれて産み落とされただけと言う

性や生に対するだらしなさとしか感じられない。

それがとても、重すぎる。


もちろん、自分も親になった時に

私は最初の子だから

こんなにも歓迎されて

こんなにも溺愛されたのだろうと

頭では理解はしたけど

そんなん、自分が覚えてる訳がない。

弟①が言う通り、

気づいた時には弟妹がうじゃうじゃいて

理不尽に殴られて育った。

その記憶だけが、私のルーツ。





え!?

待って!!


私の親は、いわゆる毒親と言われる部類ではないと

ずっと言い張ってきたけど

やっぱりこれ、完全に毒じゃね??

そして私は、今で言うところの

完全にヤングケアラーだったんじゃね??


旦那のことを、機能不全家庭の出自と認定し

だからと言って、その子たちがみんな歪む訳じゃないと

主張して来たけど

掘り返せば、私も毒親持ちの、機能不全家庭の出じゃね??笑


となると、だから歪んで育ったと言う言い訳は

なおさらさせられねーな。



私は小学生のうちに

上の子がかわいそうだから

自分の子どもは絶対ひとりっ子にすると決意する程度には

歪んで育ったし、まぁ結果的に

ふたり目を作るタイミングもなく終わったのだけど

ひとり目の姪に、生まれついての病気?障害?があり

ふたり目を作っても、両方寂しい思いをさせると

そこで諦めた妹は別として

弟さんたちは、複数人の子を持ってる。

その段階で、私はやはり、違うんだろうなとは思う。




今日ばかりは酒逃げ。

紹興酒は燗で、ベタベタに甘くして飲むタイプです。