先日、衝撃を受けたネットの記事を見ました。
”アンパンチで暴力的に?影響は”という内容の記事で、アンパンチを行う場面を見た子供が暴力的になるのではと心配する親の声がネット上で見られるとのこと。
先ずそもそも色々と突っ込みたいところはありますが・・・。この記事を全て鵜呑みにして率直な意見を挙げると、アンパンチが暴力的だと解釈すること自体が、一種の暴力ではないのか?と思いました。というのは、アンパンチが駄目なら言葉での解決を望むってことですよね?きっとそうだと思うんですが、その説得を行っている間に被害に合った方はどうなるんでしょうか。なので、アンパンチが暴力的だと解釈するのが一種の暴力に感じたわけです。
アンパンチを行う場面において、その時バイキンマンは進行形で悪いことをしているわけですよね。長期的に見れば対話という選択肢は絶対に必要かもしれませんが、そういう緊急性がある場合においてはやむを得ないのでは?実力行使という手段を良くないとするのならば、説得している間に被害を受けた人々に対して、アンパンチは暴力だと思っている人はどう弁明するつもりなんでしょうか。
と、ここまで書きましたが、いよいよこんなことまで記事になっているのか。と思ったわけです。
というのも、子供の遊具の事故の影響で特定の遊具が使用禁止になったり、テレビ番組の内容についても子供に悪影響を与えるからと色々と昔に比べて制約が厳しくなったり、ポルノ漫画(?)も制限しろと騒いだり、、、。なんでもかんでも悪影響悪影響と言いすぎでは、とここ数年すごく感じていました。
子供だって馬鹿じゃないんだから、悪いことをしっかりと悪いと認識して反面教師にできると思うんですが。というか仮にテレビ番組のやっていることが子供に対して悪影響を与えるのなら、親が子供に対して諭してあげて、しっかり納得するよう教えてあげればいいだけではないのかなと思います。子供を叱れない親が増えているとよく耳にしますが、、、子供を叱れないから、叱る必要のないように、何も問題が起きないように、物質的にも精神的にも周りを抑制することで自分が本来行うべきことから目を背けていないか、更にその事実を「危険だから。教育によくないから」という綺麗事で覆い隠していないか。と思いますね。
躾のために叱るという行為も色々な意見があるようで、私も叱ることが全て良いとは思いませんが、結局こういうことなのかなと↓
叱りたくないor叱れない(子供が何するか分からないし)→悪影響があるものを排除しよう→子供に良い影響を与える教育環境があれば叱る必要もない、説明する必要もない→叱りたくないor叱れない親歓喜?
結局それで自分の首をしめてませんか?痛みを分からない子供は、相手に対しても加減を知らず接してしまうのでは?悪いということが分かっていても、加減が分からないから「とにかくやってはいけない」としか考えられず、結果ストレスになり、過剰な行動として現れたりするのでは。
人間やっぱり娯楽は大事だと思いますが、日本って「おもてなしの精神」や「謙虚さ」をアピールしようとしすぎて、結果「人間としての倫理(?)」と重要視するあまり、なんでもかんでもその倫理に反することを排除しようとしていませんか?勿論日本国民全員がとは思いませんが、同調圧力というかなんというか。自由ではありませんよね。
自分が正しいとは全く思いませんが、なんですかねこの引っかかる感じ笑
アンパンチが暴力的だという主張が認められて、アンパンマンが放映されなくなったら・・・。なんだか悲しいですよね。