これは、母親がパーキンソン病になったことをキッカケに、病気についての内容を備忘録として残しておく記録帳となります。
少しづつ書き足していってるため、文面の流れに変な箇所がある可能性が高いです。
また、母親に起こっている症状を記載しておりますが、これらの症状が他の人にも起こるということは決して言えません。
(症状は、人によってそれぞれ変わるため)
また、今回発病した原因は、投薬していた薬の副作用が原因でしたが、その薬を飲まれたからといって、全員が副作用で発病する訳でもありません。
くれぐれも、読まれる方は参考程度で。
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遡ること2020年の夏過ぎ、コロナが流行して外出規制などがかけられた頃に、母親の嗅覚がだんだん無くなってきました。
コロナの症状でも嗅覚がなくなると言われており、コロナの疑いを持ちましたが、当時は、高齢者ということもあり万全な対策をとっていたことと、他には何一つ症状が出なかったので、コロナ感染ではないと判断。
月日が経っても、一向に嗅覚の回復がなくて、数年後コロナ感染が収束し始めた頃に耳鼻科にて診断をしてもらいました。
診断結果としては、「老年による嗅覚の衰え」ということだけで、特定の病気が分からずでした。
それから嗅覚障害を除いては、普段通りの生活を過ごしていたものの、コロナ禍もあって一段と外出することが億劫になっていきました。
(推しのコンサートにだけは、私が無理やりにでも励まして連れていきました。)
これまで近くの店の買い物には、自転車で行っていましたが、段々自転車の運転がふらついて転びそうと言うので、父親の車で買い物に行くようにもなりました。(2023年の春頃)
食事の際に何気なく母親の手を見ると、左手が何もしていないにも関わらず震えっぱなし。
聞けば、力も入りずらくて、お茶碗は持てるものの持ってる最中も震えは止まらず。
(2024年の冬頃)
2025年に入って、ますますやる気度合いが減ってきて、運動することもないため、体力が落ちてきた感じ。
ペットボトルの蓋が開けられないようになったり、包丁で硬いものを切るのに、力が入らない。
(さすがにこれは危ないため、料理は全面交代しました。)
でも、それ以外の日常の家事(洗濯や掃除)はできるし、階段も手すりを持ちながらでも昇り降りができるので、しばらくこのまま日常を送りました。
6月に、母親の妹の誕生日で連絡をとった際に、妹が医療従事者でもあるので、ふとこれまでの事を母親が近況として話した所、「もしかしたら・・・」ということで、妹が勤務している病院で診察の後、我が家の近くにある大きな病院の総合診療科への紹介状を書いてもらいました。
2025年6月30日。
早速、紹介状を持って、母親の妹と父親の付き添いで総合診療科へ。(私は仕事で行けず。)
総合診療科で、これまでの身体の状態などを話すと、「パーキンソン病」の疑いがかなり強いということでになり、精密検査の予約をしてその時は帰ってきました。
2025年7月4日。
精密検査の日。
MRI検査と脳血流スペクト(DAT-SPECT)検査の2つを受けました。
MRIでは「パーキンソン病」かどうかは判別できないですが、他の病の可能性がないかを診断するために受け、もう1つの脳血流スペクト検査は、異常があると「パーキンソン病」にほぼ断定できるということで、2つの検査が必要でした。
MRIは、よく検査として聞き慣れている検査ですが、もう1つの脳血流スペクト検査は、今回初めて聞いた検査名でした。
脳血流スペクト検査も、MRIのような装置に入るのですが、それまでに血液の中から薬剤を投与して、脳に薬剤が行き届くまで待機、その後装置に入って脳の血流を撮影。(2、3回撮影したそうです。)
この検査だけで、6時間かかったとのことでした。
この日は、この2つの検査を終えて終了。
また後日、診断を聞くために来院。
2025年7月10日。
診断結果を聞きに母親と父親2人で病院へ。(またしても私は仕事。)
結果「パーキンソン病」と断定。
パーキンソン病が発症した要因は、色々あり高齢者はなりやすいとも言われていますが、母親の場合は、これまで投与していた薬の副作用が原因ということが分かりました。
(紹介状を書いてもらった母親の妹が勤務している病院が普段からのかかりつけ医で、そこで10年近く胃薬としてもらっていた薬が原因だったようです。)
すぐに、その薬の投薬を中止して、パーキンソン病の治療薬をもらって、その後の経過を見ることになりました。
(パーキンソン病の治療薬にも副作用があるので。)
かかりつけ医も、副作用の可能性は知っていても、これまでに他の患者さんでも、この副作用での症状が起きたことがなくて、処方していたみたい。
お医者さんは原因を聞いて、かなり謝られていました💦
(薬には副作用のリスクはつきものだし、胃薬として効果を発揮していたから、仕方ない。)
家族である父親や私が毎日の日常を見ていた中で、まさか病気だったということに長年気づけなかった所が悔やむ所で。
「パーキンソン病」に対してに知識が乏しくて(勝手に物忘れが酷くなるとか、行動がおかしくなるって思い込んでいました)、発見の遅れに繋がりました。
今になって、備忘録の始めの方に書いた症状が、まさか「パーキンソン病」の症状だとは思ってもみませんでした。
すごく勉強になりました。
幸いにも診断結果の内容としては、まだ軽症の部類で、年齢的にも薬の投与だけでの生活となり、薬の効き具合や副作用が起きてないかなどの確認で、病院に数ヶ月に1度の通院で済むことになりました。
(「パーキンソン病」は難病扱いで、国からの補助金も申請すれば出るそうなのですが、母親の軽症では、申請をする労力の方が大変で、それほどの補助金が出ないと言われたそうで、当面こちらも保留で様子見に。)
2025年7月24日。
パーキンソン病の薬を飲み始めて2週間。
検査を受けた病院へ行って、薬の副作用が出ていないかと、飲み始めてからの効果をお医者さんが確認。
薬の副作用は、今のところ問題なしとのことで、このまま引き続き同じ薬を飲み続けることに。
薬の効果としては、左手の震えが少しおさまってきた様子が。
ということで、効果も出始めている兆しです。
あとは、本人のリハビリ次第もあるそうで。日々体を少しでも動かさないと、段々衰えて動けなくなるそうです。
薬も何年か飲み続けると効果が薄れていくみたい・・・。
2025年8 月・9月
この2ヶ月は、病院からもらった薬を飲みつつ、家での生活を送っていました。(通院なし)
ますます心配症の傾向が強くなった気がします。
父親と2人で、夕方の万博に行くだけでも、行くまでに夜の帰宅時間ばかり聞かれて大変でした。
あと、食べる意欲も食べる量も以前に比べたら少なくなった気がします。
これは、夏だからなのか病気の影響なのかはわからず、とりあえずスタミナがつくように、母親が好きなお肉は料理に必ず入れるようにしてましたが、嫌いな野菜をどうやって食べてもらうかは、悩みました…🤔💭
そして2025年10月。
薬を飲み始めてから3ヶ月ということで、病院にて経過診察を。
診察の結果、やや回復傾向にあるとの事。
この病気は、薬を飲んで一時的に症状の進行を緩やかもしくは止めることはあっても、回復傾向はなかなか無いようで、いい意味で驚かれました。
とはいえ、薬が効いているからということもあるので、まだこのまましばらくは薬を飲みながら、軽い運動などのリハビリを続けることに。(治療のし始めが早かったのも、良かったのかもしれません。)
次は年明けの1月に病院へ。
このまま回復していけばいいのですが。
完治する病気ではないけど、回復の見込みもないことが分かり、家族としてはホッとしています。
病名が確定した時は、正直この先何年で・・・と不安でいっぱいでしたが、諦めなければ希望もあると感じた4ヶ月間でした。