「テクノロジーが切り開く、光の可能性」 同時開催でバイオオプトJapan、LaserTech2011


中日の9月30日 にパシフィコ横浜に行きます。



光は通信分野、映像分野、センサー分野、太陽発電分野 など多岐にわたっています。


この地球には、太陽の恩恵をなくして、生命の誕生もなく、もちろん化石燃料さえ発生しませんでした。


まあ、言ってみれば、初めに光ありき ということです。


光によって最初に光合成をする生命が発生したのは、地球ができて19億年の後の事でしたが


今のような多細胞生物ができてから今までがほんの10億年ということになります。


多細胞生物の発生は、その生物単体で死を受け入れたことでもあります。


それまでは細胞分裂が際限なく行われていたということでした。


その分裂の過程で、大気中の二酸化炭素は酸素に入れ替わり


大気中から取り込んだ炭素を分子の骨格にして様々なたんぱく質が作られる用になったのです。



光りの可能性と言いますが


我々は光からいまだに運動エネルギーを効率よく取り込むことさえできてはいないのです。


最近ようやく太陽発電が普及したに過ぎない。



明日は最新の光技術を見て


今後の自分の仕事にどのように反映させてゆくべきかを考える日でもあり、


光り技術でコラボできる会社を探す市場的な参加でもあるのです。



http://www.youtube.com/watch?v=5TAsGCfTROo&feature=related


葡萄棚の葉を見ていると仕事を終えた安らぎを感じることができる。



アリアケザンのブログ

ぶどうの房にポリフェノールを送り込むために、クロロフィルbはクロロフィルaに変換されそして分解され吸収された。

葉はもう緑色に発色できず残ったわずかのカロティンが黄色に色づいている。


周辺からは抗酸化剤の供給を絶たれて枯死が始まって茶色く変色が始まっている。



役割を終えた葉の達成感に包まれた死への歩みである。



         

これはアブラムシの一種だという。


綿の中でうごめいて、アミノ酸を食べつくす。


今日は予定外だったが、部分消毒をする。



蒸し暑い一日だった。


息子は碓氷峠までバイクで出かけた。


テントと寝袋を背負っていったから帰らないかもしれない。




例大祭が近づいている。9月22日と23日


いわゆる収穫感謝祭である。


一年のうちで一番うれしい一日であるが


農業が機械化され、片手間で終わってしまうし、農業以外の人々には収穫祭は関係ない。


しかし祭りだから、集い、笛太鼓のお囃子と獅子舞の奉納と純真な少女の浦安の舞が奉納される。


私は神事の後の直会の担当で


ごちそうを用意する責任者である。



耕地総代を招きご馳走をする役割である。


また行事に参加する人々への土産や弁当、酒等も饗応する役割を持っている。



氏子が少しずつ減ってゆくこの頃の祭りは


寂しいものである。



人々が何か(神)に感謝し、神に祈り、神に誓う時代が去りつつあるということである。


薄っぺらな人間にはなりたくないし、そういった薄っぺらな文化に毒されたくもない。



人は大地から生まれそして大地へと帰ってゆくものである。


せめて生かされている間は


神に感謝し、自らの責務を全うし、夢を追いかける支えに神に委ねる部分もあってもいいのではないだろうか。






今朝、リンゴの今シーズン最後の消毒を行う。


葉ダニ、黒斑病、落果防止 などの噴霧


敷地内全域に行うため約1時間必要になる。



葡萄棚に行って、巨峰をすべて摘果してから始める。


まだこの作業で汗が出るほどである。



本日は河野太郎氏の講演会に夕方出かける。


自民党も今や恒常的野党に成り下がり


なかなか国民の信頼を勝ち取れていない。


河野氏は正論者ではあるが、党内では信望が得られてはいない。


政治には理念だけではない何かが必要になる。


それと得るためにはしばらくは 欣求不得 苦 の中を歩かねばならないだろう。


河野一郎 河野洋平 河野太郎 と政治家一家だが


いずれも河野一郎を抜いてはいない。