環境保全連帯会議とは、これからの時代を担う若者達自身が、悪化する自然環境を保全し持続的に生態系サービスを利用していくための具体的な方法を考察し活動に移していくことを目的としている。
人々の自然離れが進む現在、環境問題への無関心が広がっている。今日の多くの活動は生物多様性の真価を伝え、環境保全活動の啓発が重視されている。そこで、日本各地の生物多様性に興味関心のある若者を集め、将来社会全体の意識改善が行われた場合のモデルケースとしての“今を生きる世代”による行動が必要である。
有明海塾 塾長

という建前のもと、環境保全学生連帯会議がスタートしました。

(森は海の恋人運動の畠山重篤氏)
この会議の発端は、2016年9月に熊本県荒尾市で開かれた有明海再生シンポジウムでした。このシンポジウムを受け、有明海塾塾長の小宮と鳥取環境大学生物部の森光が学生の環の必要性を感じ、行動を起こしました。
2016年10月15日、福岡県柳川市に若者が運営する水族館“やながわ有明海水族館”がオープンしました。今回の会議は、この水族館を中心に行うことが決定しました。

“環境保全を考える学生の環を作る”
決まっていることはそれだけですが、12月28日、千葉、静岡、愛知、富山、鳥取、福岡と各方面から有志が集いました。

干潟生物調査

プランクトンネットを使った調査。
カイアシやアミ類の他、スジハゼCやイソテッポウエビの仲間などが入りました。

捕獲されたハゼクチ

かなりの数が確認された外来種ヒラタヌマコダキガイ。


筑後中部魚市場の朝市の見学

水路生物調査

同定作業。カゼトゲタナゴを含めタナゴ5種を確認。

水族館での本会議
28日午後、やながわ有明海水族館2階にて意見交換会が始まりました。

まずは「森里海連環学」の提唱した田中克京都大学名誉教授に講義をして頂きました。
(以下要約)
かつて豊穣の海と言われた有明海、その所以は正しく森と海の繋がりにありました。流域面積が海面面積の5倍に達し、九重、阿蘇、脊振、太良、雲仙という火山に囲まれた有明海は、火山灰の微粒子を含んだ水が流れ込みます。この微粒子が有機懸濁物の元となります。これがプランクトンの餌となり、豊富な魚介類を生み出していました。
有明海の荒廃について。
田中先生は三つの点を上げました。
・筑後大堰からの取水
福岡都市圏の水不足解消のために作られた筑後大堰から、一日17~20万tの水が取水されています。これにより、本来有明海に供給されるはずの養分やそもそもの水量が減少してしまいました。
・諫早干拓
広大な泥干潟が失われた他、締切により調整池内部に溜まった猛毒アオコやヘドロが、干潮時に有明海に排出されるため周辺に悪影響を与えています。
・筑後川川砂採取
筑後川の川砂が、高度経済成長時にコンクリート用材として大量に採取され、干潟の更新がされなくなりました。
これらの問題をはじめ、海底陥没や貧酸素塊など、数多くの問題が重なり合い9万t採れたアサリが600tにまで落ち込みました。
同様の問題に、琵琶湖のセタシジミも上げられました。
公害時代から水質が改善されたのにも関わらず、砂が代表する底質環境の悪化や森が海へ与える養分の断然により、生物が回復しないということです。

講義の後半は、東北の津波についてでした。津波のもたらした壊滅的な被害に対し、自然は想像以上の再生能力を見せ、油が浮き火の海となった場所でさえ、すぐに生き物が戻ったそうです。

また地盤沈下により数多くの干潟が復活し、そこにアサリを初めとする生き物がやってきたそうです。写真は、震災時から暫く成長を止めていたと思われるアサリの殻です。その痕跡がはっきりと見て取れます。
しかしながら、今その干潟の多くは埋め立てられたり、防潮堤により失われました。一枚目の写真の塩性湿地は、住民は高台に移りましたが、それでも行政の工事は止まらず、土地を買い取ることで埋め立て工事を阻止した数少ない例だそうです。
田中先生は終盤に「地球生命系の免疫システム」を見直して行かねばならないと述べました。
ボルネオは、私たち先進国へパーム油を輸出するためのアブラヤシ農園が広がり、雨が農薬や表土を川に流し、そして海を殺す。まさに負の森里海連環があります。
森里海連環学
海の再生→住民の再起に繋がる。
森と海と人と、それらを全て含んだ学問。
H to O studies
源流から海までを考える学問。
H2O studies
言わば水の学問。
これからは「水際の保全と再生」を考える時代なのです。

田中先生の講義の後に、学生らによる会議が始まりました。
生物多様性を守るためには、具体的には何をしていかねばならないのか。
(以下、概要)

まず、そもそも私たちの望む環境とは何なのかを考えました。
・生物多様性の保たれた環境→持続可能な環境(利用)
・人が入りやすい自然
主軸となるのは、やはりこの考え方です。生物多様性がもたらす生態系サービスの価値を伝えることが何よりも重要です。
また人が入りやすい自然は、実際に自然を触れることで自然への親しみを養い、環境問題に関心を持って頂くことに繋がります。
理想はともかく、我々はどう行動していくか。

まず、1つは「ヤベガワモチの保全」が掲げられました。ヤベガワモチとは、矢部川水系や本当に僅かな地域にのみ生息する有明海固有種(絶滅危惧1A類)です。
ヤベガワモチは環境の良い干潟にしか生息していません。そして、ヤベガワモチの最後の生息地(=矢部川水系最期の良質な塩性湿地)が現在失われようとしています。
その最たる要因はヤベガワモチが知られていないことにあります。
知られずに絶滅していく生き物、これはよくある話です。しかし、どうにかこれを、私たちがアクションを起こすことで救えないかということになりました。

具体的かつ積極的な環境保全を進める上で大切になることは「分かりやすさ」だと考えられます。
ある生き物を守ろうと考えた時に、大衆の理解を得られなければ「たかが生き物」で潰されてしまいます。
世の中の人に「自然を守るべきか」とアンケートを取れば、大半の人が「守るべき」と答えるでしょう。しかしながら、同時に自然と自らの生活する社会が密接に関わりあっていると感じている人は少ないでしょう。
“自然を守ること”への良いイメージを持ちながらも、実際には無関心な場合が殆どです。
そこで私たちが起こすべき行動は、自然は実際には身近に存在することを分かりやすく伝え、それを守ることで社会にどのような利益がもたらされるかを提案することでしょう。
ヤベガワモチの例で言えば
ヤベガワモチが生息できる塩性湿地は非常に良好な環境があるため、干潟の浄化作用のみならず、餌場、産卵地としての機能も期待できる
↓
この塩性湿地が失われればそれが失われる。
ヤベガワモチの生息する塩性湿地には有明海で特に有名なムツゴロウが見られる他、甲殻類が豊富。また矢部川水系塩塚川に僅かに残るシチメンソウなどの生息地かなもなり得るため、観光資源としても活用できる。
観光資源や干潟の浄化作用といった、生態系サービスの分かりやすい例を示す必要があります。
また、マスメディアや法律も積極的に利用していく必要があります。
今日の日本には、特定外来生物法や生物多様性国家戦略、河川法などがあります。私たちはこれらを賢く使っていかねばなりません。
シンポジウムの開催や各地の支援を利用することも提案されました。各地の自治体やNPOの支援を積極的に使い、活動を全国に普及させていくことも、この運動には必須です。
既に藤前干潟と有明海の干潟をテーマとしたシンポジウムを愛知県で開くという具体案も動きつつあります。
連帯会議を各地で開催することで新たな参加者を集め、今後の活動に繋げていかねばなりません。
今回は有明海塾が中心となったため有明海の干潟が取り上げられましたが、このような場所を増やし、各地の若者がお互いに助け合うことがこの連帯の大きな目的です。
つまるところ「若者なりの行動力で使えるものをフル活用し、水辺保全の“前例”を作っていくこと」が環境保全学生連帯会議の主軸となりました。この前例が、いつか当たり前となった頃には生物多様性の未来は明るいでしょう。
「2017年夏、ここにもう1度集まりましょう」
そんな形で、学生連帯会議は幕を閉じました。