忘れてもいいよ ~アルツハイマーの夫との日々~ -5ページ目

忘れてもいいよ ~アルツハイマーの夫との日々~

2004年12月に53歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断された夫と ネコ3匹とのささやかな生活の記録です。

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トッピーは、今まで二階の自分の部屋のカレンダーに貼っておいたアリセプトを毎朝一錠取って降りてきて、朝食後に飲むのが日課でした。


最近少し、持って降りてきたかわからなくなったり、ポケットに入ったままだったりすることが増えてきました。


「トッピー、持ってきたかなって、また二階まで行かなくていいように、居間のカレンダーに貼っておいたらいいんじゃない?」


「うん、そうだな」


と いうことで、今日から我が家の居間にはトッピー作のアリセプトが光り輝いているカレンダーがデビュ~です。

状況はたいして変わらず、7月は去っていきました。



ころびついでに、寝転んで、これからどーする?と考えて、、、



とりあえず、自分のタイムスケジュールを見直し、実際の作業時間も記録することを半月続けてみました。



決めた仕事だけに専念できるなら、いいのですが、他の人に作業指示をしたり、急に発生する雑多な用事をこなすのも大事な仕事の内なので、どうしても、その時間とか、その日のうちに終わらせなければならないことでいっぱいいっぱいな日の連続です。



時間があればやりたいことや、もっときちんとやりたい仕事がはみだしてしまい、それが、やはり結果的にストレスとなってしまったと思います。



上司はムダを省けと言うけれど、「ムダ」のくくりが微妙に異なっていて、私的には削れないものもあります。



作業を記録してみて、勿論、改善点はあります。

そこは、これから努力します。



でも、結論としてはやはり、仕事量が多すぎるということです。



そして、私が任せたい仕事を出来る人が今はいないので、任せられる人材が来るまでこの状況が変わらないのが現実です。





じゃあ、これからどーする?





この仕事はトッピーが失業しなければ絶対にしていないはずでした。


二つの仕事をかけもちして、体力的にも精神的にもギリギリの時間で働いて、しかも、初めての職種で。



最初は全然仕事が出来なくて、当時の上司に


「そんな働きではあなたの時給は払えない!」


と叱られたところから始まりました。



試行錯誤しながら、今日までここで働いる訳ですが、それは私が選んだことでもあったはずです。






なんだか、初心を忘れていたなぁ~。





不平不満や悲壮感でどよどよになっていた自分が一番の落ち込みの原因かもしれません。 ダウン

でも、その時間もきっと必要だったのだということにしましょう。





私が出来ることを一生懸命やればいい。


自分の最善を尽くせばいい。




ようやく、シンプルに考えられるようになってきました。



どうせなら、明るく元気にやりたいですね。音譜




8月も忙しくなりそうです。 ヒマワリ


2週間程前に、上司と話してから思いっきり凹んでいます。 ガクリ


元凶は、こなせる以上の仕事量ということですが。。。


でも、私を落ち込ませているのは そのことを以前から話していたのに(会社全体として)理解してもらえていなかったという事実と言った方が正確でしょう。



「もう、いいか・・・」



頭の中に、こういう言葉がよぎり、そこから発せられているマイナスのエネルギーとずっと、戦っています。


私が決めていることのひとつに、マイナスのエネルギーを使って前に進まないということがあります。




仕返しや、反発は言外です。強いて言えば


「いつか、見返してやる!」


みたいな感情で前に進まないということでしょうか。




それで、プラス思考で考えようとすると、まず、


○私は、この会社が求めている働きを今後も提供できるのだろうか。

○私が、会社に求めているものは正当だろうか。


この二つのバランスが関係します。


そして、もっと大切なのは、これからも夫との生活を、よろこびを見出しながら積み重ねてゆくことができるかどうかです。



あと、10年は働きたいと思っていますが、来年のことも実は確約出来ないことは自分が一番よ~く知っています。



家では、娘に愚痴りながらもこの2週間は平穏に過ごせましたが、こんな程度で動揺している自分が、情けなくもあります。



まだ、前向きに進む道を模索中ですが、こうして、書く気になるところまで回復しました。



ここまでで、時間切れです。


では、仕事にいってきます。 車










7月9,10日に、袋田の滝に行ってきました。


前日も結局残業して,帰宅は0時過ぎてしまい、7時出発は断念して9時に

出発  車


途中の吉野家で「朝定」を食べた頃から旅行気分が出てきました。


使わないつもりだった常磐自動車道使うことにして、出発が遅れた分をとりもどすことに。


久しぶりの高速道路は、スイスイで快適でした。帰りに下道で帰った時と比べると、90分程は早かったと思います。



12時には、今夜泊まる宿に着き、とりあえず、車を駐車場におかせてもらって、歩いて袋田の滝へ。


観ばく料一人300円を払って270メートル程のトンネルをぬけると目の前に滝が・・・・


水がカーテンのように流れていて、水の落ちる音も迫力があって、トッピーとしばし、滝見物に没頭しました。30分も観ていたのは私たちだけでした。(笑)


その後、小さなつり橋を渡って、ハイキングコースへ。 あし


入口はいきなり、見上げる限り、ジグザグの金属の階段です。


「どうする?」


「いくよビックリマーク


登りはじめて少ししたら、20代位のカップルが下ってきました。


「この先はどうなってるの?」


「ずっと、階段ですよ~。しかも、途中からは石段になりますよ。」


「滝は見えるの?」


「3番目のポイントまで行くと、生瀬の滝が見えますよ。でも、ここからだと、まだかなり登りますよ。」


「ハイキングコースを全部回ると12ポイントあるらしいですけど、私たちは4ポイント目まで行って戻ってきちゃいましたぁ~」


「よし、じゃぁ、滝まで行ってくるよ。ありがとう。」



ということで、ひたすら階段を登り続けることに・・・アップ


途中、袋田の滝を上から見て、その次のポイントで昨日UPした生瀬の滝を見ました。


緑に囲まれた川の奥にひっそりと流れている滝はとても清々しく、汗だくで登ってきた甲斐がありました音譜



無理はやめて、そこまでで引き返し、下に戻り、お土産屋さんが並ぶ中にあるお蕎麦屋さんで手打ち蕎麦を食べました。



旅館は滝から5分ほどの「豊年万作」 某温泉宿紹介誌で人気の宿というだけあって、リーズナブルな価格のプランでも、11畳の広々した和室、屋上の露天風呂、温かい料理は温かく出してくれるお食事もおいしくて、大満足でした。


夜は、おかみさんの案内で蛍見物へ。ピークは6月下旬だということで、数はそうでもありませんでしたが、草むらや竹やぶの上でもピカピカ光を放ち、時々頭の上を光りながら通過していく蛍もいて、ワクワクしながらみとれていました。


トッピーも蛍を見られたのが嬉しかったようで、帰り道で何度も


「いや~、この歳で蛍を見られるとは思わなかったなぁ~」


を、連発していました。

その度に、


「きれいだったね~。私も自然に暮らしている、蛍を見たのは初めてだわ~」


と、その話になる度に、頭の中に蛍が飛び交い、楽しい帰り道になりました。ひらめき電球



早めに帰路についたので、寄り道もできたのですが、トッピーは観光地はもう疲れるようなので、休憩がてら数ヶ所の道の駅に寄りながら帰りました。

 

道の駅では地元の新鮮な野菜が買えるのも楽しみです。


今回は、我が家用のおみやげに たけのこ、なす、かぼちゃ、アスパラガス、ブルーベリーを買いました。音譜


トッピーと過ごす時間は、蛍よりピカピカしてワクワクして私を元気にしてくれます。 ラブラブ










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茨城県の袋田の滝の上流にある生瀬滝です。

7月9日(月)に行ってきました。


袋田の滝からさらにほぼ階段の山道をひたすら20分程登り続けます。
すると、緑に囲まれた美しい滝がご褒美に見られます♪