二ヶ月に一度ほど、私の両親とトッピーの四人で外食をするのが恒例となっています。
13日も、仕事が休みだったので、実家に行って両親と車椅子を乗せて食事に行くつもりで電話をしました。
「もしもし、今日は何か予定ある?これから、行こうと思うんだけど」
「う~ん。実はおじいちゃん入院したの。」
「え~!」
父は外は車椅子ですが、家の中では柱や壁などを利用してつたい歩きをして移動できました。
それが、木曜日に身体の動きが悪くなり、それでも、這って自力でトイレに行こうとして、もともと足が不自由なのでうまく這えず、転んで(?)右手の小指と薬指を骨折してしまいました。
翌日、骨折の治療はしたのですが、土曜日になってますます身体の動きが悪くなり、
二階に上がる椅子式の昇降機にも乗れなくなり、近くに住んでいる私のいとこに来てもらってなんとか二階の寝室のベッドに寝かせたのですが、いとこを送りに母が下に降りたわずかな時間に父は、ベッドの横にある簡易トイレに座ろうとしたらしく、床に座った状態でまた動けなくなってしまったそうです。
それで、まだ居てくれたいとこと相談して、夜中に母一人の時にまたベッドから降りてしまったらどうにもならないので、土曜の夜に救急車で入院したそうです。
原因はまだはっきりしていないのですが、そのとき、すでに熱もあり、入院したあと39度台まであがったようです。
それで、身体が動きにくく、意識も多少混乱していたのでしょう。頑張りやの父はいつも出来たことができなくて、いらいらもしていたたようです。
母は、大丈夫だからとまだ言っていましたが、大急ぎでトッピーと実家へ行き、母を乗せて病院へ行きました。
父はICUで、鼻から酸素吸入、点滴、心拍数を管理する為と思われるコードがつながれて、右手の指二本は曲がって、手全体が紫色という状態でした。
熱のせいか、若干話していることが、変なところはありましたが、まあ、思ったよりはしっかりしていて、ホッとしました。
丁度、行ったときに主治医の先生とケースワーカーの方から話を聞くことが、できました。
心臓と肺の機能が低下していること、入院している間に歩けなくなる可能性もあることも含めて、現在の状況を聞きました。
医師が家族に決定してもらわなければならないこととして、主に三つのことをきかれました。
一つ目は、いつ、病状が変わるかわからないこと。それで、自力での呼吸が困難になったときに、人口呼吸器を使用するか、また、心停止したときに、心臓マッサージをするか、つまりどの程度の延命措置を家族としては希望するかということです。
二つ目は、ここは救急病院なので治療が終わった時点で退院しなければ、ならないが、家で介護を続ける意志があるかということ。
三つ目は、家で介護が出来ない場合どうするか、ということです。
母は過度の延命措置は断っていました。
今後のことは、父の回復の状態をみないと、なんとも言えないのが現状ですが、家で看るとして、一階だけで生活できるようにするとか、ある程度の設備を新たに整えなければならないと思います。
母は出来るなら、父が家で暮らすことを、希望しています。
でも、救急病院からダイレクトに家に帰るのは無理と判断し、とりあえず、数ヶ月待ち覚悟で、介護老人保健施設に予約をし、予約の順番が回ってくるまえに今の病院を退院しなくてはならなくなった場合、老健に入所できるまで入院できる病院を紹介してもらうということに、しました。
その間に、父がまた、家で暮らせるように平衡して改築もする予定です。
私として、最も心配なのは、母です。
母自身、もう高齢で、以前に骨折して自分も障害者手帳を持っています。
今までは、ヘルパーさんに来てもらうこともなく、デイサービスも利用したことがありません。
実質、本当に一人で27年父の介護をしてきました。
でも、これからは色々な助けを借りて行かなければ、母が倒れてしまいます。
父は右半身マヒで左半身も右よりは動きますがやはり、マヒがあります。傍から見たら、やっと動けるくらいの状況です。
なのに、驚いたことに、介護認定は「要支援2」だったそうです。
父は、時間がかかっても、頑張って頑張って、一人でトイレにいき、左手にフォークやスプーンを使って食事をし、お風呂も見守る程度で手すりをたよりに何とか入れていたからだそうです。
医師はこうも言いました。
「かろうじてでも、自分で排泄と食事が出来たら、認知症が認められない場合は介護度は低くなることが多いです。」
何だか、私としては複雑な思いです。
昨日は、病院に行く前に区役所に行って、介護認定の見直しの申請をしてきました。
母自身ヘルパーの仕事はしていますが、これから、父のためにどう利用していくか、一緒に考えて行こうと思います。
「これからは、一人で頑張っちゃだめだよ」
「そうね。」
帰りに、家の前で、私の車が曲がるまで見送ってくれる、母の姿がいつもよりもっと小さくにじんで見えました。
「私が手伝うよ」と言いきれない状況が辛かった。