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昨日、席替えがあった。

くじびきで決めていくんだけど、なぜかなかなか僕ともう一人が決まらなくて、

最後の2人になった。

 

担任の先生の声がする。

 

「二人とも、席はあそことそこのどっちかだ。早くどうにかして決めろよ~」

 

一つは教室の真ん中あたり。もう一つは…えっ?藤堂さんの隣!?

 

僕が気付いたのと同時に、もう一人がなんとなくたじろいだのが雰囲気でわかった。

たぶん藤堂さんの隣が嫌なんだろうな。藤堂案件なるものがあるぐらいだしね。

面倒そうで、できれば隣は遠慮したいんだろう。

 

藤堂さんは窓側の一番後ろかぁ。

今日は白い縁取りのジャケットを着てる。

ほんっとにカッコいいなぁ!

どうしてこんなにカッコいいんだろう。

心底羨ましいんですけど!(笑)

 

なんてぼ~っと見てると、目の前にもう一人の手が見えた。

あ、そっか、公平にじゃんけんで決めるんだっけ?

 

でも場所が悪い気がする。

なんで藤堂さんの目の前でやるんだよ~!落ち着かないじゃん!

こんなカッコいい人の目の前でじゃんけんなんて、気が散ってしょうがない。

 

案の定、僕は藤堂さんばっかり目に入ってしまい、上の空ぎみだったからあっさり負けて…。

幸か不幸か転校して最初の席替えで、おそらく学校、いや地域、いや国一番かな?のハンサムの隣になった。

 

窓の外を見ている横顔を盗み見る。

なんなのこの人。本当に僕と同じ人間かな?

なんでこんなに素敵じゃなきゃいけないのさ。

なにあの長いまつ毛!窓からの日差しにけぶるのもいい加減にしてほしい。

どうしてそんなに完璧な横顔してるんだよ!

手も指先まで完璧に綺麗だし…。

 

机に置かれている右手。細長くて綺麗な指だ。

 

…あの手を握ると…

 

このあいだのことを思い出してしまい、思わず視線を外した。

 

彼と握手する人は長い人生、これからも沢山いるだろう。

でも、あれだけは。あれだけは…

僕と彼だけに違いない。きっとそうだ。

 

前田泰徳か…。

藤堂葵の名前もぴったりだけど、前田泰徳も物凄く合ってる気がする。

 

そう。

たぶん…僕だけが知ってる、もう一人の彼。

そして彼だけが知ってる、もう一人の僕。

 

あの美しい手で優しく頭を撫でられたんだと思い出したら、とてつもなく恥ずかしくなって…。

血がのぼるのがわかり、慌てて机に突っ伏した。

 

良かった、彼が外を見ていて。もし僕の顔を見ていたらばれるところだった。

危ない危ない。

僕の場合、藤堂案件とは違う意味で、この席は物凄く危険な気がする(笑)

 

ちょっとしたら、「ぐー、耳赤いけどどうした?」って藤堂さんの声。

僕がじゃんけんでグーばっかりだしてたから、「ぐー」って呼ぶことにしたみたいなんだけど、

うわぁ~!そっか、耳までは隠せないもんなぁ。

っていうか「熱でもあるのか?大丈夫?」って聞いてくれるのはいいけど、

覗き込んでくるのはやめてください。おかげで更に熱が上がるだけなんで…。

誰のせいだと思ってるのか、っていう(苦笑)

 

でも小さい溜息が聞こえたから、どうしたのかな?と目だけ藤堂君を見上げたら。

何だか知らないけど息をのんでたなぁ。

 

で、怖い顔して強い声で名前を呼ぶなりいきなり僕の腕を掴んで立たせると、

黙って廊下へ連れて行き……僕は紫の間のソファーの前に立たされた。

 

藤堂さんは細そうなのに、意外と手や腕の力が強いってことがわかった。

怒ってるからそうなのかもしれないけど、掴まれてたところが痛い。

 

「座って」と言われたけど、色々突然すぎて、頭がついていかない。

何か彼を怒らせるようなことをした記憶がないからだ。

それですぐ声が出ないでいたら、「座れって言ってる」と言われてしまい、「座れよ」と…。

その声の低さと怖さは忘れられないだろう。

 

あの綺麗な顔があんなに怖い顔になるのなんて、知りたくなかった。

超美しいだけに、怒ったときの恐ろしさも桁違いだ。

 

どうしたの?さっきまで普通だったじゃん。

僕、何かしたっけ?

 

とにかく彼は物凄く怖くて…

従う以外に何もできず、でも怖いから体も強張ってなかなか動かせなくて。

ぎこちなく、ゆっくりと腰を下ろした。

 

向かいに座った藤堂さんは右肘をソファーの背中にかけ、頬杖ついてこっちを見てる。

うぅ~ん… こんなに彼が怒ってて怖い状況でも「どんなに怒ってても、綺麗は綺麗なんだなぁ」

なんて思ってしまう僕って…。

 

少しすると藤堂さんは溜息をついて立ち上がった。

また怒られるのかと思ったら「ちょっと待ってて。勝手に帰るなよ」と言って奥へ消えた。

 

あれ?ちょっと雰囲気が柔らかくなったかな?

声もさっきより優しかったし。

座って落ち着いたら、少し冷静になったんだろうか。

 

ロイヤルミルクティーが机に置かれる。

気分や心が落ち着くから、と少し甘くしてくれたらしい。

 

へぇ~。あんなに怒ってても、優しいんだなぁ。

もしかして、とっても本当は優しい人なのかもしれないな。

 

でも何を思ったか僕の隣に座ってきたとき、まだ怒ってるかもしれないとビクッとしたら、

ちらっと僕の顔を見て…。

 

「ぐー。薫」

 

呼ばれたけど、警戒して黙ってたら。

 

「…もう怒ってないから」

「あんな声出して悪かった。その…怖かったのなら、怖がらせてごめん」

 

そう言われて、一瞬だけ彼を見た。

すると何かちょっと考えていたけど

 

「…国光…薫…」

 

って言ったから驚いた。

 

初めて会った日の夜。

寝る時、泰徳だか藤堂さんの声で、こう呼ばれたような気がしたのを思い出す。

もしかして、本当に彼はあのとき僕の名前を呼んだんだろうか?

 

確かめたくて、つい顔を見てしまう。

すると彼はすぐ隣に座り直し、ゆっくり手を伸ばしてきて…

膝の上で握っている僕の右手をそっと掴んだ。

とても優しくて、さっきあんなに怒ってた人とは思えないほどだ。

 

そして彼は僕の肩をゆっくり抱き寄せた。

 

…あ、僕より少しだけ背があるのかも、と思いながら、今見えた光景…

 

国光は泰徳に「僕がいるから大丈夫だよ。ほら、泣かないの」と言われ、

その肩にもたれて…ちょっと泣いていたみたいだけど…

 

それと同じように、僕よりちょっとだけ高い位置にある肩に頭をもたせかけた。

 

「お紅茶冷めちゃうよ」

 

ほら、と藤堂さんはカップを口に当ててくれる。

子供みたいで恥ずかしい。

でも、ちょっとだけ飲むと心が休まり、ほぅっとため息をつく。

 

ほんのり甘くて飲みやすい。

その温かさと優しさは、僕の心も体もほぐしていった。

 

あ~、気持ちいい。

さっきの気遣いもだけど、ちょっとお母さんみたいで凄く安心する。

 

もたれたまま、その気持ちよさに浸っていたくてそっと目を閉じた。

 

 

 

(続く)