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初日からやらかしたあいつは俺が見てる限りでは、あれ以来何事もなく何とか過ごせているようだ。
とにかく異常に大人しくて、俯いてぼそぼそ言うのは変わんないけどな。
2週間ぐらいたって、今日は席替えの日。
俺は面倒ごとは大嫌いなので、「絶対に前後左右斜め、360度、全員男子にするように」との厳命を、
担任とクラスメイトたちに下している。
俺の近くに女子がいると、1000%面倒ごとしか起こらないからだ。
ほんと、今まで女が周りにいてロクなことがない。
もっとも、これは特に女子たちに好評で、「さすが、女子のことを考えてくれる優しい藤堂くん☆」
ということになっているが、彼女たちの考えるその理由は全くのお門違い。
残念ながら、俺は女子たちのためにそうしてるんじゃないんだよね~。
面倒ごとが発生しないように、というだけの理由だ。
で、加えて面倒発生率をさらに低くするために、
「俺は廊下側か窓側の一番後ろ以外には座らない」と決めてある。
後ろに誰もいないし、横は窓か壁だから気楽なんだよな。
それに後ろだと教室内の様子も見れるので、一石二鳥というのもある。
つまり俺の席はどの教室でもたった2席のみ。ほぼ指定席みたいなもんだ。
面白いことに、男子たちは俺の隣になりたがらない。結構避けようとする。
なぜなら「藤堂案件のネタを提供してしまう可能性が飛躍的に高くなるから」だ。
べつに俺、短気でもなんでもないんだけどねぇ。
…ということで、俺は今回、窓側の一番後ろになった。
問題の(?)隣は… まだ決まってないのが2人。そのどっちかが来る。
おっ。
そのうちの一人は薫だ。
こういう時だけ皆から嫌なところを押し付けられたな…。
もう2人しかいないから、じゃんけんで公平に決めることにしたらしい。
「最初はグー、じゃんけんぽん!」
「あいこでしょ!」「しょ!」「しょ!」
周りは皆が固唾をのんで見ているので、なんというか…
黒山まではいかないけど人だかり、みたいな感じか。
…あ、決まった。
隣は数回のあいこの末に負けた、薫になった。
「おい、ぐー」
やっぱり俯き気味のこいつに声をかけると、本人含めた皆が不思議そうな顔をした。
「お前、ぐー出すの多かったから、それで(笑)」
「あ~(笑)」
なるほどね~、と皆納得している。
べつに俺はぐーでも国光でも構わないけどな、と言うと、とたんに薫は俯いた。
ひとしきり皆が席を移動してやっと落ち着いた時、机に突っ伏して寝ているらしい隣人のあることに気付いた。
「ぐー。耳赤いけどどうした。熱でもあんのか?」
「…」
なんだよ。まただんまりか。
俺にぐらいは喋れないと、困るのはお前だぞ?わかってんのか?
…って、わかってるわけないからこうなんだよな。
やれやれ…
小さく溜息をつくと、薫が恐る恐るといった感じで見上げてきた。
「…っ!」
うっ。
思わず呻きそうになったが、すんでのところでどうにか耐えた。
偉いぞ俺!
お~い~!誰かこいつどうにかしてくれよ、本当に。
お前… なんだってそんな目するんだよ。
見られたこっちはたまんないだろ…?
どうかしてるぞ本当に。
こいつ、いつか制服剥いで性別確かめてやる!
女子なら理解できるけど、もし本当に男なら…。
つーかそもそも、その異常なまでの可愛さは問題ありすぎるだろ。
何をどうやったらそんな目になるんだよ、ったく。
こいつまさか、「わざと」計算して可愛くやってんじゃないだろうな…。
ここまでを僅か数秒で思ったなんて、こいつは夢にも思わないだろう。
するとなんだか突然むしゃくしゃしてきて、「おい、ぐー!」と強めに呼び、
腕を掴んで無理やり立ち上がらせる。
そして皆が驚いて見てるなか(俺は普段、滅多に怒ったり大声出したりしない)、
黙って奴を引っ張っていく。
くそっ。なんでこいつはのうのうとしてるんだ。
いや、のうのうとは違うか。でもいつも通りなのは確かだからな。
気がついたら3階にいた。
視界に見慣れたドアが入って…
「…」
軽く息をすると鍵を開けて奴を押し込みすぐその右手首を掴むなり、後ろ手で鍵をかける。
そのまま連れて行こうと引っ張ったが動かない。
「おい」
低い声を出してもう一回引っ張ると、今度は一歩踏み出したので奥へ連れて行く。
ソファーに突き飛ばしたいのを耐えて、その前に立たせた。
「座って」
「……」
「座れって言ってる」
「……」
あー、苛つく。
「座れよ」
怒鳴ったつもりが反対に物凄く低い声が出たので我ながらびっくりした。
なかなか怖い声が出るんだな、俺は。
思わず顔を見ると、怯えた目をしながらぎくしゃくとゆっくり座った。
「……」
「……」
沈黙のなか、向かいのソファーに俺も座る。
その瞬間「はぁっ」と溜息がでた。
ソファーの背中に右肘をのせ頬杖をつくと、ちょっと気分が落ち着いてきた。
改めて薫を見やると下向いて…
…ん?肩が震えてる?
おい…まさか泣いたりしてないよな…。
ふん、泣けばいいと思ってるなら甘いんだよ。
…とは思ったものの、こないだ最初に来たときも下ばっかり向いてたな…と思い出し、
そういえばそういう子だったと思いなおす。
しょうがないなぁ。
小さく溜息をつくと立ち上がり、
「ちょっと待ってて。勝手に帰るなよ」
少し優しい声を出すと奥の部屋でお茶を入れ、薫の前にそっと置いてやる。
「ロイヤルミルクティーにしたよ。気分も心も落ち着くから、少し甘くしといた」
「……」
ふむ… 俺、そんなに怖かったかなぁ。
まぁ確かにさっきの低い声は自分でもびっくりしたぐらいだからな。
もしかしたら結構怖かったのかもしれない。
そう気付いたら可哀想になり、隣に移動する。
その途端ビクッとしたのがわかったので、思わず横を見た。
「ぐー。薫」
そういえば、なんでこの子だけ俺は最初から下の名前で呼んでるんだろう。
普通、苗字で呼ぶのに。
「…もう怒ってないから」
「……」
「あんな声出して悪かった。その……怖かったんなら、怖がらせてごめん」
ちろっとこっちを見た気がするけど一瞬すぎて、確証を持てない。
あちゃ~。こりゃ相当怖がらせちゃったみたいだな。
うーん、どうしたものか…。
色々考えていて、ふとあることを思いつく。
じゃあこれはどうだろう?
「…国光…薫…」
両方言ってみたら、驚いたような顔で俺を見た。
へぇ?国光には反応するのか?面白い子だな。
普通、反対だと思うんだけどねぇ。
よしよしと頬を撫でようとして、手を伸ばしかけたけどやめた。
子供相手じゃないのになぜそうしようと思ったのか、一瞬逡巡したけど頭から追い出した。
かわりにすぐ隣に座り直して、左手で薫の膝で握られている右手を軽くそっと包む。
☆☆☆☆
「国光。俺がいるから大丈夫だよ」
「…うん…」
「だからほら、泣かないの」
「…ん…」
泰徳は国光の肩に手をまわし、そっと抱き寄せている。
国光がなぜ泣いているのかはわからないが、泰徳にそうされて安心したのか、
少しして溜息をつくと、泰徳の肩に頭をもたせかけ…。
これは…そのまま泣き疲れて寝たのか…?
☆☆☆☆
「…」
なぜだろう。
この2人の光景を目にすると、同時に同じことを体が勝手にやろうとする。
というか勝手に「そうする」。
ということは脳が拒否しないのかできないのかは知らないが、
とりあえず俺も泰徳と同じような気持ちや考えになってるんだろう。
よくわかんないけどね。
なぜなら泰徳の気持ちや心が言葉として伝わってくるわけではないからだ。
2人を見て俺が勝手に感じたり思ったものしかない。
泰徳が国光へどう思ったり感じてるのかも一緒に伝われば、もっといいのに…。
だから実際に意識的にそう思って俺がするわけではないのだから、不思議だ。
恐らく無意識の部分でそうしたくなるんだろう。
まぁ、人間の脳は無意識の部分が95%ぐらいだという話を何かで読んだことがあるぐらいだから、
俺の意識なんて大したことはないんだろうな(笑)
今だってすでにもう左手で俺は薫の肩に手を伸ばし、こいつはそのまま俺にもたれてるんだから。
そう気付いたら可笑しくて、ふっと笑ったら。
左肩にのっている頭も一緒に、小さく揺れた。
(続く)