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朝のホームルーム中、なんか右後ろのほうから視線を感じたような気がするけど…。
どうせまた誰かが目の敵にでもしてるんだろうな。
そういうのは沢山経験してきてすぐわかる。慣れっこもいいところ。
ホームルームが終わって1時間目の用意をしていたら、教室のドアのほうから大声がした。
「お~い!超美人な転校生の女子、いるか~?藤堂君が紫の間へ寄越してくれ、と呼んでるんだけど」
その瞬間、一気に室内がざわつき、バッ!と皆の視線が刺さったのがわかった。
思わず首をすくめ、ちょっとだけ長い髪で顔や目を隠す。
「いますよ~」
誰かが返事する。
勝手に返事するのやめてくれないかな。
「おい、転校生!呼ばれてんぞ、行けよ~。2年の先輩だから、待たせんなよ」
「2年?」
なぜ2年生が呼びに来るのかな?
咄嗟に聞き返したけど聞こえなかったらしく、答えはなかった。
とりあえず立ち上がって声のほうを見ると、男子生徒が立ってこっちを見ている。
…と思ったらまっすぐこっちへ来て、前に立った。
「君だな?超美人だけど超生意気な転校生っていうのは。藤堂君が、もう噂になってるのかと驚いてたよ。この学校では藤堂君の気を煩わせてはいけないから、とりあえず行こう」
「?」
どういうこと?と、思わず目を上げたら。
「部屋わかんないだろ。連れてってやるから、とりあえず行こう」
「え、授業…」
ぽそりと呟いたら、
「藤堂案件ならば、何よりも最優先されるから大丈夫。学長よりもな(笑)」
と言うなり、腕をとられて廊下へ連れ出された。
先生たちの声だけが聞こえる廊下を歩く。
「あの…」
「ん?」
すぐ前の先輩とやらに声をかけると、すぐ振り向いた。
「2年生なんですか?」
「あぁ、そう。君、名前は?」
「……」
すると先輩は数秒黙ったあと、小さく溜息をついて苦笑した。
「まぁ、いいよ。俺は朝比奈」
「朝比奈先輩…」
「そう」
先輩は人が良さそうな笑顔をすると、また歩き出す。
3階にのぼると廊下の奥に、大きな木のドアが見えた。
そのドアの前まで来ると、
「このインターホンを押せば、たぶん中にいる誰かが出るだろうから、そしたら用件を言えばいい。くれぐれも名前間違えるなよ?まずいからな。藤堂だぞ、藤堂。藤堂さん、ってちゃんと言えば大丈夫だと思うから」
じゃあな、と手を振って先輩はいなくなった。
急にしんとして、一人だという実感がわく。
「さん」づけしないとまずいって、どんな人なんだろう?
よっぽど怖いのか、偉いのかなぁ。
授業や学長よりも最優先されるって、相当じゃないの?
人差し指は数秒、迷いを見せた。
でも、ここでうじうじしてても時間がたつだけだから…。
しょうがない。おそるおそる前へ出した。
「はい」
わっ!誰かでた!
心臓が縮みそうになりながら、なんとか用件を言う。
「お名前は?」
あ、そうか。名乗るの忘れてた。失礼だなぁ。馬鹿みたい。
それに気付いたせいで、さらに緊張してぼそぼそとしか喋れない。
ちゃんと聞こえたかどうか気になったけど、何も言われなかったから…いいとしよう。
とりあえずもう、藤堂さんはいるらしい。
ドアが開いたので中に入る。
「あぁ、ドア閉めたらカギ締めて。こっち来てそこのソファーに座ってて」
「はい」
閉めて振り向くと、奥へ歩くスーツ姿の男の後ろ姿があった。
あとを追いかけるようにして進む。
広い部屋なのか、まぁまぁな歩数を歩いてソファーに座る。
大きな執務机が横にあって、パソコンがいくつか並んでるのは、いかにも仕事部屋だな。
ふーん。ソファーもなかなかの座り心地。
もし横になったら気持ちよく寝れそうなほどの大きさで、ベッド代わりにもなりそう。
なんてさりげなくきょろついてたら、さっきの男の人が手にお盆を持って戻ってきた。
「ごめん、お紅茶しかなくて。コーヒーが良かったかな?」
「!?」
上から降ってきた低い声に驚く。
えっ!?
思ったよりも声、若くない!?
そしてちょうどいい低さの声。
「あっ!いえっ、お、お構いなく!」
言いながらこっちもつられて立ち上がってしまう。
そして思わず息を飲んで……固まった。
そのあまりの美しさ、美貌に――
「君、紫の間へようこそ」
彼のまわりに後光がさしてるかのように眩しいとは、こういうことなのかも。
とてつもなく美しい顔が、優しく微笑んでいる。
「君、僕が昨日、名前を聞こうとしたら逃げたでしょ。おかげですっかり有名人になってるね」
あぁ、あの白いスーツの子、この人だったんだ…。
すぐ気付かなかったのは、今日は黒いスーツだからだ。
ははっと笑う姿も眩しくて、瞬きを何回かする。
見とれて固まっていると、
「僕は藤堂葵。同じクラスだし、もしよかったら友達になろう?名前、教えてくれる?」
「……」
そこではっと我に返る。
そうだ。名前。
今度はちゃんと返事するって決めたじゃん!
「き…」
言いかけてあることを思い出し、慌てて言い直す。
「…成瀬薫」
危ない危ない。危うく言っちゃうところだった。
「お~、いい名前だね。じゃあ、薫ちゃん。よろしくね」
俺は藤堂でいいから、と差し出された右手にそっと右手を重ねると、ぎゅっと握られた。
その瞬間、
「っ!!!」
体全体が電流が走ったみたいにビリッ!として…
何かの映像?感触?みたいなものが、頭の中を流れた気がした。
☆☆☆☆☆
「俺は前田泰徳(やすのり)。君、名前は?」
「く、国光」
「苗字は?」
「岡部」
「ふぅん。岡部国光…か。いい名前だね。国光、俺と友達になろう?」
「うん」
どこかの和室で、目の前と同じ顔の男の子からそう声をかけられて、返事している。
たぶん二人とも今ぐらいの年齢だろう。
2人とも小袖に袴で立っていて、腰には脇差が差さっている。
髷のたぼがすっと引き締まって、鬢(びん)が直角なので、2人とも武士だとわかった。
(町人はたぼはゆったりさせ、鬢も直角ではないのでそれだけでもすぐ見分けられる)
その男の子はとても明るい感じで、こっち側にいるほうは小声で俯いてて内気というか、恥ずかしがってる感じだ。
そして今と同じように、やはり握手している。
でも、手の感触も、声も、顔も、たぶん…背の感じも。
今、目の前にいる「藤堂葵」という子と、同じだった。
☆☆☆☆☆☆
思わず瞬きを何回かすると、目の前の藤堂さんは俺をじっと見て固まっていた。
あ… 変なヤツだと思っただろな…
でも今しがた感じて見た映像にどうしていいかわからず、また顔を見てしまう。
すると彼は困惑した感じで口を開いた。
「あのさ。…もしかして…国光っていう名前…じゃ、ないよな…?」
えっ!?
もしかして藤堂さんも今、同じ何かを感じたのかな!?
驚いて彼を見つめてしまう。
それならば…こっちも聞いてみなきゃいけない…。
「あの…まさか泰徳っていう名前じゃ…?」
交差する視線。
瞬時に離れ、また戻る。
それは明らかに、お互い「諾」を物語っていた。
「もしかしてお前…美人じゃなくて、ハンサムなの…?」
「!!」
図星な質問に、体が強張る。
それを見ている綺麗な目が、大きく見開かれた。
「……。もう一回。手、握ってみる…?」
彼の言葉に、黙って小さく頷いた。
(続く)