♪♪

 

ててが学校へ行った。

いや、それおかしいな。校内にずっといるんだから、「教室へ行った」だな。

 

ようやく全部入力したので立ち上がる。

 

「あ~、もう11時近くかぁ」

 

ファイルを閉じると伸びをする。

視界の端に何か小さいものが入ったので右手を伸ばしてみると、付箋メモの上に目薬が置いてあった。

 

『これ眼精疲労用で俺のお気に入り。よく効くから使って^^  てて☆』

 

「……………最後、☆なの!?」

 

可愛すぎるでしょ!(心だけ卒倒)

つーか自分で自ら平仮名で『てて』って書いて、そのあとに☆つける男がいるか!?

もしかして、ててって女子なんじゃ…いや、あんな背が高い女子、いるわけないか。

でも、う~ん…?もしかして意外と乙女?(笑)

 

これはもしや、そのうち逆転できるかもなぁ。…って何がだよ、何が(汗)

 

赤い目薬か~。確かに眼精疲労系の目薬って、赤い色してるのが多い気がする。

では、ありがたく使わせてもらいます!

へぇ~。ててはクールタイプは苦手なのかな?

差し心地がきつくなくて目にもあまり沁みないし(つまり目があまり疲れてないのかもしれないけど)、いいねぇこれ。

 

右にずれて、てての位置で室内を見渡すと、なんだか偉くなったような気がした。

社長とか議員のこういう執務室の高級な椅子や広い机って、心理的効果抜群だな、うん。

 

でもいつも1人なんだよね?たまたま昨日今日は僕がいるけど。

1人暮らしみたいなもんだねぇ。それってどうなんだろう。

校内でいつでもどこでも、なんとなく1人って。

 

まぁ、それは僕も似たようなもんか。でも、いつもとなりにててがいるし、執務はないから毎日普通に帰宅できるしなぁ。朝も早くから仕事とかしなくていいし。

ちょっとした起業家とか学生社長みたい。

 

さて、何か食べるかな~。何食べよう。

そういやインスタントのカップ麺があるって言ってたっけ。何があんのかな?

 

あ!でもててにメールしてからじゃないとまずいじゃん。

え~っと、てての会社のアドレスはどこに書いたっけ。

スマホの連絡帳に入れといたかなぁ。

 

あ、入れてあった。よかった~。

 

心底ほっとする。

もしなかったら、ててに大迷惑かけちゃうかもしれないもんね。

お昼までに送ってって言ってたし。

 

送信済フォルダを確認する。

よし、ちゃんと送れたみたい。

 

LINEを開く。

 

『てて~!』

『なに?』

 

おお?たまたま見てたのかな?

すぐ返事が来てびっくりする。

 

『今、てての会社アドレスへ入力したのメールしたよ^^』

『マジで?間に合ったのか~!すごいなお前!ありがとう☆

今、メール確認するからちょっと待って。

…あ、来てた来てた。ちゃんと開けたし、ありがと!助かった~!』

 

よし、これでやっとごはん~♪

 

パソコンをシャットダウンしてキッチンへ行く。

シーフードヌードルを食べてると、スマホが光った。

画面に流れる文字を見る。なになに…?

 

 

×   ×   ×   ×   ×   ×

 

 

クローゼットを開けて、ててのスーツたちの中から1着探し出す。

言われてたのをようやく見つけたので、ネクタイやシャツも出して、一式着替えた。

靴もほぼサイズは変わらないから借りて。

学校の裏にある、てて専用の通用門からててんちの車に乗った。

 

「ぐぅ様」

「はい」

 

このあいだの運転手さんが、カーテン越しに話しかけてきた。

 

「紫の間は、鍵はお締めになりましたか?」

「はい、締めました」

「どうやってですか?」

「え?てて…藤堂さんが」

 

そこまで言ったとき、くっくっと彼は笑った。

 

「ぐぅ様は坊ちゃまを『てて』と呼んでいらっしゃるのですか?」

「あ…も、申し訳ありません(汗)」

 

まずかったかな(汗)

そうだよね。次期当主の若殿様だもんね。

わぁ~、てて、ごめん~~!

 

背中に変な汗が出てきたぞ。

 

「いえいえ、いいんでございますよ。それだけ仲良しという証でございますから。

ただ、なぜそうなのかな?と、素朴な疑問でございます」

「あ、あぁ、そうですか?失礼だったなら申し訳ありません。謝ります」

「いえいえ、とんでもございません」

「それならいいんですけど…。いや、その、とても単純な理由でして」

「とても単純?」

「はい。とてもお手手が綺麗で美しいから、それで…」

「…」

 

沈黙が流れ、僕は幼児言葉を由来にしたことが急に、とても恥ずかしくなった。

高校生なのに「おてて」なんていう人はいないだろう。

 

「なるほど。それで坊ちゃまが自慢げに『ぐぅは感受性が人の何倍も豊かなんだよ』と仰っていたのですね」

「はぁ(照)」

 

自慢げって…てても子供か!(笑)

恥ずかしいけど、身近な人にもそう言ってくれてるなんて、超嬉しい☆

 

なんとなく胸が「ぽっ」と明るくなった気がした。

 

「ぐぅ様は坊ちゃまをどうお思いになりますか?」

「す…ど、どう?どうって?」

 

危ない危ない、危うく言っちゃうところだった(汗)

 

「あ~、そうですねぇ。物凄くカッコよくて、超優しくて、強くて聡明で、

 ちょっと抜けてて、凄く可愛いと思いますね。ただ、なぜかいつもちょっと寂しそうというか、

 あまり幸せじゃなさそうに見えるのが気になりますけど」

 

言ってからしまった!と思ったけど、もう口から出ちゃったから取り消せない。

 

「なるほど。…それではぐぅ様に、坊ちゃまから預かった伝言をお伝えしましょう。

 ぐぅ様にはその資格が充分すぎるほどおありのようなので…」

「?」

 

運転手さんは満足そうに、嬉しそうな声でそう言った。

 

「そのままお伝えしますよ」

「はい」

 

なんだろう。ちょっと緊張する。

自然と座り直す自分がいた。

 

「紫の間の鍵はお前に一つやるから、いつでも好きに出入りしていい。

 お前は俺の秘書も兼ねるし、どこでも好きに、なんでも全て思うがままに使え。

 そのかわり、いつでもなんでも俺の言うことを聞くように」

 

それって…

 

つーか、いつもと口調が違い過ぎて、てての正体を思い出させられた。

 

そうだよ。本来はこっちが「本当」のててじゃん。

いかに僕と一緒のときが素顔なのか、分かりすぎるほどわかってしまい、なんとも言えない気持ちになる。

 

もしかして僕、ててに対して責任重大…?

 

「…とのことでございました。ぐぅ様の感じと答え次第ではやめようと思っていたのですが、

 とても懐いていらっしゃるようですので、坊ちゃまも信頼しておられますし、お伝え致しました」

 

そうなの!?僕、試されてたってこと?

ひえ~~~!!!

 

まぁねぇ。そうかぁ。そうだよね。

次期当主の執務室の合鍵ってことだからねぇ。

 

と、そこであることに気付いた。

 

「えっ?あの、僕、秘書なんですか?いつからです!?」

「昨日からって仰ってました」

 

はぁ?なんだって?

 

「き、昨日から」

 

あまりに唐突すぎて、間抜けな声で繰り返す。

 

え~、昨日って何か仕事したっけ、俺?

あ、一応、しなくはなかったか。

…でも、後半はキスしたりベッドで一緒に寝てたり、じゃなかったっけ(汗)

 

「ちなみにお給料は…あとで坊ちゃまが直接ぐぅ様に仰るとのことでしたので、私どもは存じ上げません。

 ただ、ぐぅ様が秘書というのは、既にうちの者たちは全員承知しておりますので、安心して会社にお入り下さい。

 名刺もあとで坊ちゃまがお渡しするそうでございます」

「名刺?…わかりました」

 

それ以外、僕に返事の選択の余地はない。

そこまでいっちゃってるんだったら、もう、どうすることもできないんだから。

事後承諾ってやつ。

 

でも、よほど急に決めたのかなぁ。

それとも、驚かせようと思って内緒にしてたのかな。

そうじゃなきゃ、そんな大事なこと、ててなら本人の俺に絶対言うはずだと思うんだけど。

 

暫くすると(どれぐらい走ってたか、喋ってたからわかんなかったな)、大きなビルが見えてきた。

そのまま地下の駐車場に入っていく。

そして駐車したとき、彼は車から降りる前に僕を呼んだ。

 

「ぐぅ様」

「はい」

「坊ちゃまは家柄が家柄なのと、立場がああなので、実は両親、特にお母様との接触というのが普通の子供と違って、

 非常に少なく育ってきました。育てたのはほぼ、当時の当主であった、おじいさまとおばあさまでございます」

「あ…」

「そのため、ぐぅさまの仰った、いつも寂しそうとか、あまり幸せじゃなさそうに見えるというのは、

 実は正しゅうございます。これは内密にお願いしますが、坊ちゃまのお好きな言葉というのを教えて差し上げましょう」

「はい、なんでしょうか」

「それは、『好き』『愛してる』でございます」

「…理由はなんとなくもうわかったので、僕に言わなくていいと思います」

「かしこまりました」

「教えて下さってありがとうございます」

「それは私どものほうでございます。どうか坊ちゃまを慈しんで、守ってさしあげて下さい。

 私どもでは家臣という立場上、限界がございます。

 唯一、家族の代わりができるのは、坊ちゃまが信頼しているぐぅ様しかいらっしゃいません。

 他にそういう人はいないですし…。

 そのため一同、ぐぅ様には非常に喜び感謝するとともに、極めて期待もしております」

「な、何を…ですか…?」

「さっき思わず言いかけたのが、ぐぅ様の本音を物語っていると思いますが」

「あ…はい」

 

この場合、こうなったら正直に言っておいたほうがいいだろう。

彼らは皆、僕とてての味方だろうから。

 

「あの…。てては僕の兄になってくれたので、弟としても、友達としても、そうしたいと思います」

「それを聞けて、とても嬉しゅうございます。安心致しました。ところで最後に一つ、よろしゅうございますか?」

「はい」

「先ほどの言葉に嘘はございませんか?」

 

えぇっ!?いきなり何を言うんだこの人は。

っていうか…それ?そこ!?

 

まぁ、いいけど。

てての生い立ちを少し知って、仕方ないとはいえ、ちょっと可哀想な気がした。

だからって僕んちも、両親はいつも夜しかいないけどね。

でも、祖父母に育てられはしなかったもんなぁ。

だからあの感じなのか…。

 

ここは正直に答えたほうが良さそうだな。

 

「はい」

「かしこまりました」

 

そう言うと彼は車を降り、僕を降ろした。

そして上着のポケットから小さな箱を出し、微笑しながら僕に渡した。

 

「では、確かにお渡し致しました。

 くれぐれも、坊ちゃまを悲しませたりしないよう、よろしくお願い申し上げます。

 坊ちゃまの信頼を得られる人は、殆どいないのですから」

 

…つまりそれって、僕がててを守る側ってことなんだけど、それで藤堂家側はいいの?(笑)

さっきのてての伝言から考えると、ててが僕の保護者・上位なんですけど…。

普通、「相手を慈しんで、悲しませたりしないようお願いされたり頼まれる側」って、男側だよねぇ。

 

…まぁ、いいけどさ。てて、超綺麗で可愛いから、僕的にはおおいに結構だけど(笑)

でもあの言葉遣いから考えると、それはちょっと違和感を感じるけどね…。

まぁ、気付かなかったことにしよう。

 

こちらへ、と案内してくれる彼のあとをついていきながら、箱の中身に考えを巡らせた。

まぁ、だいたい予想つくけど…。

 

 

 

 

 

(続く)