あれから50年。

 

一部格闘技マニアの中で神格化されている

 

1976年6月26日 モハメド・アリVSアントニオ猪木

試合から10数年経った頃からあの対決こそが真剣勝負の論が出てきて、今では「殿堂入り」レベル。

 

この対戦をディすることはプロレス界隈ではタブー?

 

自分は猪木に対し尊敬しかないが、拳闘支持者から見るとやはりあの試合は単なるエキシビションマッチであったとの思いは変わらない。

 

猪木サイドからの発信が多く、以下のエピソードがまことしやかに囁かれているアリVS猪木

 

「アリのグローブには「石膏」が入っていた」

 

「使用されたアリのグローブは4オンス!」

 

「(試合後命名された)「アリキック」を受け、アリは入院し、2か月後の世界戦をキャンセル」

 

反論するのも馬鹿らしいが、

「石膏」入れたら自らの拳を壊してしまう。アリはこの先数十億円稼ぐ商売道具を猪木とのエキシビションマッチでふいにするわけがない。

 

「4オンス」って113.4g パンチンググローブか!

映像ではエバーラストの8オンスに見える。(ヘビーでは10オンスが当時ルール)

 

アリは猪木とのエキシビションマッチの3ヶ月後(9月28日)にケン・ノートンとの防衛戦をこなしている。※アリVS猪木の実況でも触れられている。

 

とにかくこのマッチは、アリ側及び本人がエキシビションマッチで臨んできた証拠の肉声テープが有ることが全て。


アリは、猪木戦直前の6月10日にプロレス団体AWAのリングでジェニー・ケイ、バディ・ウォルフの2人のプロレスラーを相手にエキシビションを行っており「勝利」、猪木戦も当然エキシビションという認識だった。

アリは亡くなるまでこの猪木戦に対しネガティブな発言をせずに黙して語らなかった。猪木への配慮を感じさせる紳士的対応だ。

 

猪木はその後異種格闘技路線へ進み、ほぼ全勝。

 

1986年には「アリを破った男スピンクス」を引っ張り出し「勝利」

 

スピンクス戦前のボクシングトレーニング。ウェルター級の真中哲也とのスパーで相手パンチに顔をそむけへっぴり腰の猪木。

 

プロレスでは超一流でもやはり打撃系では・・・。

 

ただ猪木の破天荒な生きざまは、男として最高だと思うし、コンプラ警察が蔓延るこの世の中、こんな大人物は二度と生まれることは無いだろう。

 

アリ戦で用意した報酬は当時で20億円??

 

金の集め方は天才的だったが、その裏で・・・。

 

「元気が有れば何でも出来る」を地で行った型破りの男だった。