先週末にいい歳こいてラーメン二郎荻窪店へ。 

 

店に到着。 

 

この店はチケット購入してから列に並ぶというルール。 

 

何と自分より遥かに先輩(70代?)が果敢にチャレンジ中もあえなく撃沈。 

 

首をかしげながらたんまりと残った丼をカウンターへ。

 

ロマチェンコ負けを喫した先輩は二度と二郎の暖簾をくぐらなかった 😢😢

自分は普通に完食&15分ルールも余裕。 

 

営業中の昼飯を5分で平らげる?特技が活きたけど腹一杯。 

 

自宅まで徒歩で帰った。 

 

ところで二郎といえば、渡辺二郎。 

 

数年に一度この究極の対決を夢想する。 

 

ライバル王者だったカオサイ・ギャラクシーとの王座統一戦。 

 

結局幻に終わったが、当時戦えば一体どのような結果となっただろうか? 

帰路、ラーメン二郎に必須の黒ウーロン茶飲みながら考えてみた。 

 

1985年当時の対戦と仮定して 

 

WBC世界ジュニアバンタム王者渡辺二郎 

1985年は激闘男勝間和雄を子ども扱いし、敵地韓国でホープ尹石煥を切れ味抜群のパンチて倒し、世界戦2戦2KO

 

WBA世界ジュニアバンタム級王者カオサイ・ギャラクシー 

1985年は李東春、ラファエル・オロノ、エドガー・モンセラットをすべて倒し世界戦3戦3KO 

 

李は肘打ちをボディーに食らったと言っていたが、実力差歴然。 

 

オロノとのスラッガー対決は歴史に残る激闘だった。 

 

当時両者の統一戦が噂されたが、実現するとは誰も思っていなかった。 

 

それだけ1984年のパヤオとの「統一戦」は異例中の異例。正にエポックメイキングだった。 

 

当時はカオサイの怪物ぶりが轟いており、実際PAL変換された動画を見てこれは渡辺二郎も勝てないのではと思っていた。 

 

当時はボクサーが30歳を超えて世界の第一線で活躍することは珍しい時代。 

 

無意識化でバイアスをかけていたのかもしれない。 

 

今なら渡辺二郎が技術とインサイドワークでカオサイを捌くと思う(カオサイVS松村を観たことも影響)。

 

途中カオサイのボディー打ちに渡辺の動きも止まりかけるが、判定で逃げ切ると予想する。 

 

怖いのはカオサイの肘打ち。 

 

後年ブリーディング傾向も見られた渡辺の瞼は脆く数少ないウィークポイントだった。 

 

ただ右手の使い方が上手く、強かった渡辺(改造サウスポー)。 

 

「サウスポー同士は右が良い方が勝つ」の金言通り、カオサイをコントロールするだろう。 

 

当時のルール、当日計量もリカバリーの巧い渡辺有利。 

 

1985年当時はまだカオサイも減量苦の声が聞こえてこなかったが・・・。 

 

但し渡辺有利は日本開催が前提。 

 

仮に敵地タイ国でカオサイと対峙したら・・・。 

 

流石にわれらが渡辺二郎でも荷が重いだろう。 

 

リング外での「攻撃」が未だあった時代。 現代以上に当時タイ国で勝つのはほぼ不可能。

 

ただカオサイが偉大なのは、19度防衛のうち、5度が海外敵地。 

 

これは立派な記録。 

 

タイ国だから防衛を重ねたの論はこの怪物王者には当てはまらない。 

 

日本で戦えば渡辺、タイ国ならカオサイ。 

 

何ともな予想であることは理解しているが、何度考えても同じ結論だ。 

 

二人ともついぞ底を見せずに選手生活を終えた歴史に残る両雄。 

 

あの頃のボクシングは面白く本当に夢中だったな。