元東洋太平洋、日本ライト級王者大友巌氏が逝去。

 

岩石男大友氏の日本王座への過程をほぼ全て現地観戦していたが、とにかく相手からすると実に嫌なスタイルを有していた。

 

規格外のタフネスとスタミナを誇り、その攻撃は開始ゴングから出し惜しみしない全力型。

 

アマ歴もない叩き上げ。決して洗練されたスタイルではなく、スピードもないが、ドスン系パンチで終始殴りまくり。

 

前半は対戦相手も何とか対峙しているが、中盤~後半は相手が音を上げてしまい、大友氏の独断場。

 

1987年1月安定王者シャイアン山本を9RTKOで下し、日本王座に駆け上がった(シャイアンのラストファイト)。

 

日本王座を守る事、実に9度(内7KO)。

 

日本王座は五代登の作戦に奪われたが、次戦で東洋太平洋王座獲得(5度防衛)。

 

決して才能に恵まれていたわけでもなく、当初は100kg近くあった自身体重のダイエットの為、大川ジムへ入会。

 

業界でも評判だった大川会長の猛練習に食らいついて行き、あの無骨なノンストップ攻撃スタイルを構築した。

 

大友氏の真骨頂は日本王座戴冠戦(シャイアン山本)なのだが、当時の拳闘ファンが今も忘れないのが、キャリア最後の試合となった

 

グッシー・ナザロフ戦。

 

観ていてこちらの身体が痛くなるような強打を浴び続けながらも最後まで立ち、堂々と王座を受け渡し大友氏はリングを去った。

 

とにかくタフで根性が有った。後の世界王者ナザロフ、レスター・エリス、天才ボクサー安里らと対峙しながらも生涯KO負けなし。

(通算戦績:22勝(19KO)5敗5分け)

※後日談だがチャベスとの対戦話もあったらしい。

 

彼の試合には一度たりとも凡戦がなかった。

 

地方から拳一つで上京し、スパルタ練習に耐え日本王者に伸し上がった。文字通りの叩き上げ。

 

大友巌氏の59年の人生。

 

引退後も真摯に生きていた事を氏のファイトを目の当たりにした自分は確信する。

大友巌氏のご冥福をお祈り申し上げます。

 

※画像はボクシングマガジンに連載されていた肖像。実に良い「写真」だ。泣けてくる。