北海道日本ハムファイターズで活躍するユーティリティープレイヤー杉谷拳士。

彼の父親は、ボクシング元日本フェザー級チャンピオン杉谷満。

杉谷満。デビュー当時からそのセンスは話題になり、17歳の時にテレビ東京で放送していた
「オーワラナイト(Oh what a night)」で彼のドキュメンタリーが放映された程。

元日本王者(JW級)強打の実兄杉谷実との絆や満の職場も紹介されていた。

確か写真現像(DPE)の職場だったと思うが、時代だな~。

杉谷は新人王決勝戦で後の世界王者六車卓也に破れてしまったが、順調に出世街道を歩み、千葉アルレドンドから日本フェザー級王座を獲得。(8RKO勝ち)

アルレドンドはパンチはないが、カウンターが巧く一発当たった時の回転力があった難敵だった。(来馬戦は素晴らしい出来)

2度目の防衛戦は、真夏の大阪での来馬英二郎戦。この試合杉谷はダウン応酬の末、まさかのKO負けを喫してしまう(7R)。

この試合のビデオをリングジャパンより購入し、見たがおそるべき激闘。試合後、マック金平氏が「これでは関西のリングでまた事故が起きる」と憤慨していた。

確かにストップは遅く、会場の暑さも有り危険な展開で有った。

再起戦を挟み、伝説の飯泉健二戦(1987年1月)。

飯泉ファンであった自分は彼のKO勝利を確信していたが、この日の杉谷はバカ出来。

サウスポー飯泉との相性も良かったのだろうが、彼のベストファイトであろう。

右ストレートも左のフックも切れていた。(3RKO勝ち)

日本王座復帰した杉谷だが、直後に伏兵ライオン・アリにまさかの判定負け。

アリはフレームが小さく、動き回るだけで迫力も何もなかった。

杉谷の出来は目を覆うほど。飯泉戦とは別人であった。

しかし何だかんだで3度目の日本王座に付き、5度ほど防衛した杉谷。

1989年3月川崎でついにWBA世界フェザー級王座に挑む。

王者はベネズエラのアントニオ・エスパラゴサ。

一度右で王者をグラつかしたシーンも有ったものの、10RKO負け。

現場で見ていたこの一戦。エスパラゴサも27勝(26KO)1敗4分の戦績が信じられないほど、大したスピード、パワーも感じさせない出来だったが、それ以上に杉谷は全盛期に比べてスピード、パワーが落ちており、打たれモロさが出ていた。

北海道から大勢の応援団が来ており、会場で昆布を配っていたのを思い出す。

あと国士の方??の応援歌??もね・・・。

再起戦でもKO負けし、引退した杉谷。(28勝21KO5敗)

自分の後楽園ホール皆勤の時代であったので、彼の試合のほとんどを生で観戦した。

出来の良い時と悪い時の差が激しかったが、飯泉戦の杉谷は恐ろしかった。

事実、後楽園で世界奪還前の鬼塚と話した時に
「協栄で高橋直人とスパーをしたが、杉谷さんが滅多打ち。相手にならなかった」と言っていた。

当時高橋は一番勢いがあった時。杉谷の実力を垣間見るエピソードだ。


さて日本ハムの杉谷拳士。東京育ちなのだろうが、DNAは北海道産!

今年は打率も良く、出場機会を物にしている感が有る。

レギュラーのレベルが高い同球団で、一軍の試合に出場するだけでも大したものだが、応援していきたいと思う。

お父さんそっくり!


本日のジョギング距離:5km