諏訪大社上社の「御頭祭」について考察します。 この祭では鹿の頭の剥製を七十五頭分奉納しますが、その意味や意義は現在ほとんど理解されていないように思われます。 しかし、長い年月のあいだ毎年続けられてきた大祭である以上、古代の人々の思いは非常に強かったはずです。時代とともに意味が薄れ、形式だけが残った可能性もあります。
私はこの御頭祭の起源を考えてきましたが、その原点は古代インドの神話にあると考えるようになりました。 以下は、プラジャーパティと鹿に関する古代インドの神話です。
むかし、世界がまだ若かったころ、創造神プラジャーパティはすべての生き物を生み出しました。 彼は「父なる神」と呼ばれ、星も人も動物も彼の手から生まれました。
ある日、プラジャーパティは自分の娘を見て「この美しさは世界の光そのものだ」と感じました。 しかしその思いは神々の定めた境界を越えてしまい、神々は秩序の乱れを恐れて怒りました。 プラジャーパティは恥じて鹿の姿に変わり、天へ逃げ、星々の間に隠れました。
そのとき、神ルドラ(後のシヴァ)が弓を引き、「秩序を取り戻すために」と矢を放ちました。 矢は天を貫き、鹿となったプラジャーパティを射抜きました。 その瞬間、彼の姿は星々に変わり、夜空に輝くオリオン座となったのです。
鹿の頭ミリガシーラ(オリオン座の一部)
古代インドでは、このオリオン座の一部ミリガシーラを「鹿の頭」と捉えました。 世界各地でもオリオンは、棍棒や弓矢を持つ狩人、巨人の戦士、あるいは中国では参宿として白虎の領域の戦神として理解されています。 モンゴルや中央アジアではオリオンを鹿として捉え、鹿石文化とも深く結びつきます。
またオリオン座は北半球では冬の星座であり、冬は冥界・夜・暗闇を象徴します。 春から秋にかけてオリオンが夜空から消えるため、古代人は「冥界の星座が再生し、春に現世へ降りてくる」と理解しました。
御頭祭は春の四月に行われます。 古代インドの象徴体系ではオリオン座の一部ミリガシーラは「鹿の頭」であり、春はその再生・復活・変容の季節です。 つまり御頭祭は、オリオンの神「鹿の頭」が現世へ降りてくる時期に行われる祭祀と考えられます。
鹿は神そのものではなく、神の使いとして捉えられていたと考えられます。 鹿は山の神の象徴であり、冬は山に、春から秋は里へ降りてきます。 毎年角が生え変わり、古代人にとって重要な食糧でもありました。
したがって御頭祭は、 山の狩猟と食糧の一年の順調を祈る祭であると同時に、 オリオン座=鹿の頭の再生・復活・変容の力を受け取る祭祀である と考えられます。


