釣手土器の多種多様な形態や文様から、古代人の思考や観念を読み解くことは容易ではありません。とくにこの土器が作られた縄文晩期は、人口減少が進み、女性や胎児、子どもの死亡が著しかった時代であり、その切迫した環境を現代人が実感することは困難です。
私は、釣手土器が出産時に重宝されたため、安産や母胎の維持、胎児の順調な成長といった願いが造形に込められていると捉えています。また、この土器には「Ⅽ形湾曲文」が多く表現されていると考えています。縄文後期から晩期にかけて頻出するこの形は、重要な象徴であるにもかかわらず、研究者の注目をほとんど受けていません。
縄文晩期の人々は、この「Ⅽ形湾曲文」を釣手土器に刻むことで、安産、母胎の健康、胎児の順調な生育を祈願したと考えられます。釣手土器は灯火具としての機能だけでなく、当時の人々の切実な願いを象徴的に表現した土器であったと捉えられます。


