是川遺跡から出土した合掌土偶は、体育座りの姿勢で両手を合わせる独特の造形を示しています。縄文時代の土偶において、このような座位の造形はほとんど例がなく、特別な意図が込められていると考えられます。

正面から観察すると、

  • 両足の下腿と左右の前腕で一つの五角形

  • 左右の前腕と上腕でさらに一つの五角形 (真上から観察すると五角形)
    が形成されます。
    私は、この二重の五角形は縄文人が意図的に構成した象徴形態であると考えています。

 

 

 

五角形は、足首・膝・股を結ぶ人体の構造を想起させ、股から新しい生命が誕生する形にも重なります。北東北の縄文遺跡には、この五角形を表現した土器や建造物が複数存在します。たとえば、

  • 大湯環状列石の五本柱ウッドサークル

  • 五角形を縁取る浅鉢形土器

  • 御所野遺跡の五角形文様をもつ深鉢形土器
    などが挙げられます。
    これらは、この地域で五角形が特別な象徴として扱われていた可能性を示唆します。

 

 

 

さらに、五角形は切妻屋根の形とも響き合います。「妻」という文字が示すように女性性を帯び、縄文時代には切妻側に入口を設けた住居が多かったと考えられます。これは、五角形が象徴する「足首・膝・股」の構造と重なり、女性性・出産・再生のイメージを強めます。

 

 

また、夜空のオリオン座も五角形に見立てることができ、小三ツ星を胎児・新生児と捉えた可能性も考えられます。オリオンは北方ユーラシアでも狩猟・再生の象徴として扱われ、古代エジプトではオシリスと結びつけられました。北東北の縄文人も、同様の象徴性を夜空に読み取っていたのかもしれません。

 

 

これらの要素を総合すると、合掌土偶の五角形構造は、安産祈願や出産後の母子の順調を願う象徴として造形された可能性が高いと考えられます。合掌する女神像に五角形を重ねることで、縄文人は生命の誕生と再生を祈り込めたのでしょう。