青森県の亀ヶ岡石器時代遺跡は「遮光器土偶」の出土で広く知られています。
そのすぐ隣に位置する田小屋野貝塚は、亀ヶ岡ほど有名ではないものの、日本海側では珍しい大規模な貝塚として重要な遺跡です。現在、この両遺跡の上には住居が散在しており、今後数年をかけて本格的な調査が進む予定です。遮光器土偶に匹敵するような土偶や土器が発見される可能性もあります。
2012年(平成24年)の発掘調査では3基の土坑墓が確認され、そのうち1基からヤマトシジミの貝殻の上に横臥位で埋葬された縄文時代の女性人骨が出土しました。
この人骨は 頭が東向き、顔が北向きの屈葬 であり、研究者の間では確定的な解釈はないものの、私はこれは偶然ではなく意図的な配置であったと考えています。
縄文人は一般に太陽信仰を持っていたとされ、東から太陽が昇り西へ沈むという日々の天体運行を観察していました。
そのため、東=誕生、西=死 という象徴的理解が存在し、頭を東に向ける埋葬は「霊魂の出発点」を意識したものだった可能性があります。特に頭部は霊魂の宿る場所として重視されていたのかもしれません。
また、顔や身体が北を向いている点について、私は「霊魂は口から出入りする」という観念が背景にあったと考えています。アイヌや琉球の伝承にも同様の考え方が残っており、口は生命維持の入口であると同時に、霊魂の出入り口でもあるという感覚があったのかもしれません。
さらに、縄文土器や土偶に多く見られる渦巻文様は、縄文人が エネルギーの流れ に敏感であったことを示唆します。深鉢形土器の形状はトーラス構造の中心部に似ており、縄目文様は渦を象徴していたと考えられます。
地球の磁力線は北から入り南へ抜ける循環を持つため、遺体を北向きにすることで 再生のエネルギーが口から取り込まれる と縄文人は感じていたのかもしれません。
古代エジプトの「口開けの儀式」では、死者の口や目、耳に道具を触れさせて機能を回復させることで、死者が供物を受け取れるようにするという考えがありました。縄文人にも、口を霊魂の通路とみなす類似の観念が存在していた可能性があります。
屈葬の姿勢が胎児の姿勢に似ていることから、縄文人は 生命の誕生と再生の象徴として屈曲姿勢を理解していた と考えられます。
田小屋野貝塚の女性人骨の方位と姿勢は、縄文人の死生観・宇宙観・エネルギー観を読み解く重要な手がかりとなるでしょう


