縄文時代において、五角形を明確に表現した土器や造形物は極めて稀だと考えられます。
しかし大湯環状列石では、浅鉢形土器やウッドサークルに五角形の意匠が見られ、さらに岩手県の御所野遺跡にも五角形を表現した土器が存在します。御所野の土器は資料館では展示されていませんが、展示準備中の倉庫で偶然目にし、ガラス越しに撮影したものです。(下の写真)
これらの事例から、縄文後期の北東北地域では五角形が特別な意味をもっていた可能性が高いと私は考えています。
私は五角形を、
両足首 ― 両膝 ― 股(頂点)(右下の五角形)
という人体の構造に重ね合わせ、股から新しい生命が誕生する象徴として理解できるのではないかと推測しています。
御所野遺跡の五角形土器では、頂点部分に小さな円が施されています。これは夜空の星を表現したものではないかと感じています。夜空のオリオン座は、見方によっては二つの五角形が重なった形にも見えます。
古代エジプトではオリオン座をオシリスと結びつけ、再生・復活の星座として崇拝しました。また、北方のユーラシア大陸の広い地域では、オリオン座を狩人や鹿として捉える伝統がありました。
北東北の縄文人も、同じ星座に似た象徴性を感じ取っていた可能性があります。
縄文後期は寒冷化が進み、食料不足や人口減少が深刻化した時代でした。病気や出産に伴う死亡率も高かったと考えられます。
そのような厳しい環境の中で、オリオン座の五角形を地上に投影し、再生への祈りを込めて造形化したのではないか――私はそのように考えています。





