大湯環状列石は二つのストーンサークルで知られていますが、私はこの遺跡の土器にも、他の縄文遺跡には見られない独自の特色があると感じています。特に深鉢土器(上の写真)は形状こそ一般的ですが、その文様には大湯独自の意匠があり、ほとんど注目されていません。これらの文様について詳しく研究・説明した文献も、私の知る限り存在しません。
この紋様は「入組紋」と呼ばれているそうです。
私はこの文様が、古代エジプトの意匠と共鳴していると考えています。たとえば、エジプトのティエト(イシス結び)、ツタンカーメンの玉座の右側に描かれた装飾、あるいは神々に結ばれた紐の形などは、細部は異なるものの、象徴する意味は共通しているように見えます。
これらの文様は、太陽ハロ(日がさ)の形から生まれたと私は考えています。大湯の深鉢土器には、同心円、上端接弧、太陽アークに相当する形が見られ、これは野中堂の列石の形とも響き合っています。さらに、この意匠は日本の古い髪形や、イースター島のモアイ像の帯の結び目などにも表現されており、広い文化圏に共通する象徴性を持つ可能性があります。
古代エジプトと大湯環状列石の地域はいずれも強い太陽信仰を持ち、太陽の光・熱、そして太陽ハロがもたらす雨の重要性を深く体感していたと考えられます。大湯環状列石には、日本の他の遺跡には見られない独自の特徴が多く、もしかすると古代エジプトと大湯の人々の間には、象徴体系の深いレベルで共通性があったのかもしれません。







