古代エジプトの壁画には「舟」が非常に多く描かれていますが、古代の人々はこの舟にどのような意味を見いだしていたのでしょうか。
私はこれまで、世界中の壁画や建造物に「鳥」が頻繁に表現されていることから、鳥こそが太陽神の移動手段として十分にその役割を果たせるのではないかと考えていました。特に、ホルスが乗った太陽の舟の図像を見ると、ホルス自身が飛翔することで太陽の運行を象徴できるのではないかと思ったこともあります。
しかし最近になって、「舟」は冥界を渡航する際に不可欠な存在である、という考えに強く傾くようになりました。
古代エジプト人は冥界を、神々・怪物・門番・湖・川・炎・星々が存在する複雑な宇宙領域として捉えており、死者は必ずこの領域を通過しなければならないと考えていました。この冥界は、鳥が自由に飛び回れるような空間ではなく、むしろ暗闇と混沌に満ちた領域であり、鳥では通過できないと理解されていたのだと思われます。
鳥は日の出とともに活動を始め、日の入りとともに活動を停止します。つまり鳥の行動は太陽の動きと密接に結びついています。
しかし鳥は『鳥目(とりめ)』で夜の暗闇では視覚が弱くなり、十分に行動できません。冥界が「夜」「暗闇」と強く結びついていることを考えると、古代エジプト人にとって、冥界を旅するには鳥ではなく「太陽の舟」が必要であると考えるのは自然なことだったのでしょう。
そのため太陽の舟は、死後の航行を可能にする極めて重要な乗り物として、古代エジプト人にとって特別な意味を持っていたのだと考えられます。

