古代エジプトと古代日本は、一般的にはほとんど習俗的なつながりがないとされていますが、私は両者の間に深い共鳴があると感じています。

たとえば、諏訪大社の御舟祭に登場する柴舟の骨組みは、オリオン座の形と非常によく似ています。オリオン座を「舟」として捉える視点は、古代エジプト人と古代日本人に特有のものではないでしょうか。

古代ギリシャではオリオンは「巨人の狩人」、アイヌでは「弓を持つ狩人」、古代中国では「参宿」と呼ばれ、いずれも武神や軍神の象徴とされてきました。一方、古代メソポタミアでは「忠実な羊飼い」として、農耕や季節の変化を知るための重要なサインとされていました。

しかし、古代エジプトではオリオン座は「太陽の舟」として捉えられていたと考えられます。このイメージは、諏訪大社の秋の遷座祭における柴舟と深く共鳴しているように思えます。

また、上社前宮の側を流れる水眼川(すいががわ)も、エジプトのナイル川と不思議な共通性を感じさせます。「水眼(すいが)」という言葉は「水の目」を意味し、これは「ラーの目」や「ウジャトの目」とも通じるものがあるのではないでしょうか。

 



水と目の重要性を感じていたと思われます。

日本神話においても、イザナギノミコトが禊を行った際、目を洗ったことで天照大神や月読命が生まれたとされています。この「目」から神が生まれるという神話は、古代エジプトの「ラーの目」や「ウジャトの目」との共通点を感じさせます。特に、ウジャトの目、ラーの目に描かれる縦の線は「涙」とも解釈でき、神の力や再生の象徴としての意味を持っているように思えます。

 



さらに、八咫鏡の中心構造も「目」を象徴していると考えられます。この「目」は、冥界や黄泉の再生の場であり、同時に「舟」をも表しているのではないでしょうか。

エジプト文明は、予兆もなくある時期に突如として出現したとされます。一部の研究者の中には、縄文人がエジプト文明の形成に関与した可能性を唱える人もいます。

そう考えると、水眼川はナイル川、夜空の天の川、あるいは三途の川とも重なり合い、オリオン座の舟=柴舟によって、あの世とこの世、冥界と現世をつなぐ循環の象徴として存在しているのかもしれません。

この「水眼川」という名は、古代諏訪の人々が神の力と宇宙の秩序を感じ取り、深い意味を込めて名づけたものではないかと、私は感じています。

 

https://yatsu-genjin.jp/suwataisya/mieru/suiga.htm

※ 「水眼の青流」水眼川 茅野市安国寺のブログから