前回は諏訪大社の本宮について考察しましたが、今回は前宮について考えてみます。

私は、諏訪大社は自然そのものを神として崇拝していたと考えています。

特にミシャグジ神の性質を思うと、北斗七星の柄杓の形を連想させるものがあり、

本宮は北極星、前宮は周極星(北斗七星) と対応づけられるのではないかと感じています。

 

 

また、御柱が七年ごとに建て替えられることも、

北斗七星の「七」との象徴的な結びつきを示唆します。

 

周極星とは、一年中夜空に見え、地平線の下に沈むことなく回り続ける星のことです。

北斗七星は北極星のまわりを回転していますが、地域によってはこの星座が地平線の下に沈み、

見えなくなる時期があります。

 

日本では 北緯36度付近がその境界にあたり、

この緯度より北では一年中見えますが、南では季節によって見えなくなります。

たとえば静岡県では、北斗七星が地平線の下に沈むことがあります。

 

諏訪地方はちょうどその境界に位置しています。

つまり、日本では 諏訪より南では北斗七星が見えなくなる季節があるのです。

 

諏訪の人々が北斗七星を深く崇拝していたとすれば、

この「見える/見えなくなる」という境界性は、非常に重要な意味を持っていたはずです。

北斗七星が北極星のまわりを絶えず回り続けることを、

神のエネルギーが常に現世へと解き放たれていると感じていたのかもしれません。

前宮に心柱が存在しないことを考えると、

 

本宮が宇宙の中心軸(北極星)を象徴し、

前宮は 北斗七星を含む宇宙・自然の回転と循環を祈る場であったと考えられます。

 

すなわち、前宮は

宇宙と自然のエネルギーが滞りなく循環し、現世のすみずみにまで永遠に行き渡るよう祈るための重要な祭祀空間

であったのではないでしょうか。