古代の人々は、形や言葉、文字を物事に変換し、その意味や意義を表現することが多かったように思われます。ここでは八咫鏡の構造から、古代の人々が「黄泉平坂」をどのように捉えていたかを考察します。

 

 

漢字から見ると「黄泉平坂」とは、黄泉へ続く平らな坂と理解できます。私は黄泉を八咫鏡の構造の中心、赤い丸で囲まれた部分と考えています。

 

「黄泉(よみ)」の「黄(よ)」は五行で中央を表し、中心の象徴です。「泉(み)」は「ヒ、フ、ミ、ヨ」の「ミ」であり「3」を意味します。また泉は水を表現していると捉えられます。トーラス構造において中心は「3」であり、黄泉は泉のような中心部と考えられるのです。黄泉は世界的には冥界と表現されます。

 

さらに八咫鏡の構造において「ヨ(4)」から中心の「3(ミ)」へ向かう直線と、中心の赤い円(黄泉=冥界=3)を重ね合わせることで「黄泉(ヨミ)」という象徴が浮かび上がります。

 

 

「黄泉平坂」と表現されていますが、私は古代人の中にはこれを「川」と捉えていた人も多かったのではないかと考えます。古代エジプトでは太陽の船に乗ってナイル川を渡り、死者が冥界を巡って再生する思想がありました。古代ギリシャではステュクス川を渡し守カロンが小舟で死者を冥界へ運びます。船に乗って冥界へ向かう表現は世界的に広く見られるのです。

 

 

このように考えると、「黄泉平坂」は「三途の川」とも表現されていた可能性があります。「三途の川」は仏教用語で、三途とは三悪道(地獄道・餓鬼道・畜生道)を意味し、死者が渡る川を指します。仏教ではこの川を歩いて渡るとされますが、日本に仏教が伝来する以前から、死者が川や境界を渡って異界(黄泉・根の国)へ行くという観念がありました。精霊流しのように船に乗って魂が渡るという思想も存在していました。

 

また「三途の川」の「三」は、八咫鏡の構造の中心部分の「3」にあたります。すなわち「3」は黄泉=冥界につながる川の象徴でもあると考えられます。

 

以上の理由から、八咫鏡の構造における黄泉平坂(よもつひらさか)は、黄泉・冥界につながる川であり、古代人はこれを「三途の川」と重ね合わせて捉えていたのではないかと思われます。

 

※ 八咫鏡の構造2はカタカムナ研究家吉野信子氏の著書より引用し私が作ってみました。