(話の舞台になった「UMACA(ウマカ)フロア。全席自由席で、早いもの勝ち。もちろん全館禁煙で、40年前のひどい状態を思えば格段に環境がよくなりました。
これも一種の豊かさといえますね!)
前回の続きです。
5月半ばの土曜日の朝、
WINS(場外馬券売り場)の
片隅から聞こえてきた
中年教員の男の声がしました。
まだ夏前の陽気でしたが、
短パン装着で缶チューハイを
飲みながら
JRAの職員と歓談?していました。
「子どもの出来不出来なんて、
一目みりゃわかりますよ。
でも学校に毎日わざわざ
行って教えるのは、
わたしの給料のためですよ!」
翌日行われる
GIレース「ヴィクトリアマイル」の
検討をして入り込んでいた
わたしですら、思わず耳を
持っていかれてしまいました。
(その教員が日頃から大きな声を
出し慣れているからかもしれません)
教員の話を聞かされていた
JRAの職員は「余計な口を挟むまい」と
黙って聞いていました。
教員には意外とギャンブル
好きが多く、
わたしもたまたま過去に
当時最大の趣味だった
野球観戦を契機に
20人くらいの「ギャンブル先生」と
交流ができ、その後
競馬場やWINSで
場を共にした時期がありました。
その体験があったので
わたし自身はまわりに
教員の知り合いが
いない環境下にありながら
「結構、俗な遊興に浸る教員は
多いんだ」という事が
よくわかりました。
教員はけっして
(全部が全部)聖職者などでは
ないなと
当時のわたしは思ったわけです。
その中には、「師匠」に
してあげてもいいくらいの
なかなかいい人生哲学を
お持ちの教員も一部いましたが、
大半は控えめに言って人間の
クズと言っても遜色ない、
酷い人たちでした。
先ほどのギャンブル教員が吐いた
セリフも、「なんかどこかで聞いたぞ〜」と後から振り返ったときに
思いました。
実際に競馬場や野球場で
場を共にしていた教員たちが
競馬新聞片手に時折
言っていたのです。
教員というのは、既得権の
常識を教え、常識にかなう人に
なれと洗脳するのが大事な
仕事です。
本人たちにその認識があるか
どうかはともかく、明治時代
あたりからそういう
構造体になってしまっています。
前へならえ、体育座り、などなど
自由な発想を奪う慣習は生徒たちの
身体を通じて浸透し、いまだに続いており、教員はその伝令の役割です。
「俺たちに逆らうなよ」
とでも言わんばかりですし、
実際に以前は
そういう事を言っていました。
いまはそれを言葉に出せば
問題として生徒たちの親や
べしゃりの立つ生徒本人から
訴えられる時代になりました。
時代によって
少し変化はあるものの、本質的な
システムは維持されています。
既得権に逆らうなよと
伝達することが教員の勤めですが、
その就労環境に対する
価値判断の指標は
持ち合わせていません。
その本心が
「公務員は天国」
という言葉に集約
されています。
なぜかと言うと
彼らの視座が低いからです。
彼ら教員の採用基準は学業の成功を
ベースにされていますから、当然です。
起業するとか自由に暮らす事が
目的の人になろうと本気で思えば
そんな言葉は出てきません。
また、感受性の豊かなティーンの
時期を勉強という一見
真っ当な理由で
奪い取られたことに
何の疑問も持たなかった人
たちです。
もちろんすべての人がそうなの
ではありませんが、
その視座の低さを教員自身が
認識できておらず、その低い位置から
知っている範囲の枠組みで
生徒をジャッジして、(成績が)
いいとか悪いとか言っている
だけなのです!
その証拠に
教員のように、本来人の上に
立つ人が
持ち合わせているべき資質の
ひとつ「共同体感覚」が
ありません。
それどころか、一段高い
ところから敵味方を峻別し、
差別の急先鋒になっている
ものもいます。
教壇という物理的に
一段高いところに立たないと、
自分の視座の低さを補えないと
暗に言っているかのようです。
冗談に聞こえるかもしれませんが、
本気でそう思っています。
次回最終回につづく






































