たまたま通りかかった
野毛坂(野毛山動物園のふもと)で、
交通事故があったようです。
中型のバイクと、マツダのデミオが
接触し、ライダーが歩道上に倒れて
いました。
たぶん右直事故かと思いますが、
どちらか、あるいはどちらも
「せっかち運転」したのは
まぁ間違いないですね。
「せっかち」と「積極性」はおなじ
資質で極性がちがうだけ。
基本的には同じものです。
ただどちらも道具なので
使い方次第で変わります。
運転にかんしては、積極性プラス
「待てる」という資質が必要な
分野だなと思いますね。
自分も三十年近く前に
バイクでの事故経験が
ありますが、停車した
タクシーの横を無理矢理
すり抜けようとしたとき
運悪くドアが空き、ガツンと
やってしまいました。
現場の真前がなんと
WINS(場外馬券場)で、
しかも日曜日の3時だったので、
多数の人がいて、非常に恥ずかしい
思いをしました。
その経験は以来無事故という形で
ちゃんと生きています。
ただ、誰一人「ケガ、大丈夫か?」
などの声かけはなく、
「あー、横浜の人ってのは
冷たい人種なんだな」と
以来思うようになりました。
幸い、自分の擦り傷だけで
済みましたが、そのときも
「急いで」しまったので、
そのおこないの不味さは
身に染みてよくわかります。
で、横浜市民というのは非常に
冷たくせっかちな人種なの
ですが、
事故現場を見ていてなんか、
ふとあることを
思い出しましてしまいました。
事故現場を見ていてなんか、
ふとあることを
思い出しましてしまいました。
冷たくてせっかちな人種の代表者、
といえば!
公立学校の教員たちです。
しかもやたら自己保身に
意欲の高い教員たちです。
え、なんで?と思うでしょう。
頭に浮かんでしまったのは
しかたありません、続けます。
その姿を思い出して
しまったんです。
いまから三十年近く前の
平成初頭、そういう教員を
偶然遊びの場で何人も見ました。
自分は教員ではありませんが、
たまたま昔の野球観戦仲間に
なぜか地元横浜や埼玉の
教員が紛れ込んでいたんです!!
医者のインターンもいました。
そんな人がじつにたくさん
いることを、10代から20代
前半にかけて通っていた球場の
外野席で知りました。
横浜スタジアムでの
大洋(横浜ベイスターズの前身)
戦で、イニングの合間に酒に
酔った勢いかなんなのか、
彼らの口から下品で
デリカシーのない言葉が
バンバン飛び出してきて
絶句したのは一度や二度
ではありませんでした。
人数は20人くらいの
同じグループ内で
たしか7〜8人くらい。
ほぼ半数!
そんなに教員がいた
理由はわかりません。
たぶん広い場所で大きな声を
出すことが、日頃の
ストレス解消になるから
でしょう。
(決して「ベイスターズが
好きだから」ではないと
思います)
当時は教員に対する認識も
今と若干違いましたし、
「同じファン同士仲良く
やろうや」というくらいの
おおらかな気持ちで
一緒のグループで
観戦していました。
しかしそこで見てきた
教員達は、じつにまぁ
口の軽い人種でした。
その場で彼らが発した言葉は
後日書きますが、
まぁ本当に酷かった!
子どもの頃にそれを知っていて、
もう少し判断力があったら、
すぐに学校なんかやめて
教員や同級などの邪魔が
入らない落ち着いた環境で
自習していたと思います。
(令和に入って中島ばお君や
ゆたぽんが現れて溜飲を
下げたのはいうまでもありません)
まあ控えめに
人間のクズといって
差し支えないレベルです。
わたしが暮らしていた
当時の横浜は校内暴力
最盛期。
校内暴力を取り上げた
ドラマも多数放映
されていました。
新築からまだ二年目の校舎の
廊下の壁が穴だらけになった
姿を見て、頭が痛くなったのは
私だけではなかったでしょう。
話は戻って、
彼ら教員は、たまたま
口をついて発した本音、
たった一言の心ない言葉で
生徒の気持ちを揺らし、
人生全般台無しにしてしまう
可能性がありながら、
想像すら出来ません。
大学を出て教員免許を取り
「聖職者」と崇められる彼らも
こんなことを言ったら子ども達が
どう思うだろうか?という程度の
想像力がないという事実を
10代から20代
前半にかけて通っていた球場の
外野席で生身で知りました。
もちろん生徒一人一人の
受け止め方は、個人個人
性格の違いがあるので
さまざま。
そうだとしても言葉は
道具なので利器にも
凶器にもなり得ることは
簡単にわかるはず。
しかし彼らが持つ
「知性の高い人間」という
自負
(というか視野狭窄から
くるうぬぼれ)が、その判断を
鈍らせ、人、(この場合子ども達)
をなぜか「急がせる」方向に
行ってしまうことがよく
あります。
だから彼らのお口の制御も
拙速モードです。
教員は知性のある人なんだと
いう「常識」はたんなる
思い込みでした。
急がせる場には、自分の頭で
じっくり考えさせるとか、
何か生み出す
ために必要なパワーが発生
しません。
「自分の安定さえ確保
できれば、あとのことは
何が起きようと知った
こっちゃない」
という態度が透けて見えます。
百歩譲って、授業、あるいは
指導(してませんが)にかけられる
時間に限りがあるのはわかります。
そうだとしてもです。
教員たちが強く望む「安定」の
基盤を固めるには、
ミスは許されないとばかり
まだ知力の土台すら備わって
いない子ども達を自分の手中に
入れ、思う通りに
コントロールしよう!
オレの(わたしの)いう通り
動けない子どもには
悪い成績をつけてやれ!
そんなエゴを撒き散らす
ことに血眼に
なっています。
ん〜、すべての教員
ではないにせよ
本当に酷い人たちですね!
じっさい、
「自分の安定さえ確保できれば
あとのことは何が起きようと知った
こっちゃない」
そんな言葉を彼らの口から
よく聞きましたし、
絶句したのを昨日の
ことのように記憶しています。
「教育指導要領」などはその
集大成のような本で、彼ら教員は
自らの安定を死守するために
それを忠実に実行する奴隷で
しかないことは明らかです。
(いまだ続くGHQ時代の名残
なんでしょう)
「こいつらの戯言を真に
受けた子どもは不憫だな」と。
まだ20代前半くらいだった
当時のわたしは思いました。
重ね重ね、本当に
酷い人たちですね。
で、そろそろ、、
何が言いたいのかと言うと、
彼らの保身にこだわる背景が
「生き急ぎ」
つまり早く安定を確保したいと
言う恐怖心からくるからなん
ですよ。
所詮
怖がり人種の代表格の
ような人達であって、
えらいわけでもすごいわけ
でもなんでもない。
むしろ以前からたびたび発生
しているセコい盗撮事件や、
あらゆる詐欺事件の首謀者に
なっているのが一部の教員
だったりするから、
空いた口が塞がりません。
盗撮なんかしてないで、
撮りたかったら、
本人に
「写真、撮らせてください」
と、お願いすればいい。
撮る前に、なぜその表現を選んだのかを
きちんと説明すれば、一人くらい
わかってくれる「かも」しれません。
にもかかわらず
やらないのも、
ある意味拙速です。
被写体である人との
コミュニケーションを省いて
自分ののぞむ写真だけが欲しい。
しかも公共の場で、朝夕の
ラッシュ時にそれをやるん
だから、バカを通り越してます。
彼ら知性の高いはずの
人種とされる
教員ともあろう人が、
撮影に不可欠な
(被写体との)
コミュニケーション
程度の手間を
すっとばしてます。
自分の性欲の解消を
急ぐからです。
高すぎる自負心から
うぬぼれを招き、
コミュニケーションを省き、
みずから転落の糸を引いて
いるような愚かな側面も
持ち合わせる、じつに
弱い人達です。
だからそんな彼らに
何を言われようが
つられて行き急ぐ
必要はないと思います。
かつて、大洋戦を見ていた
浜スタの外野席で、吉牛を
食いながら、担当している
成績の悪い子のことを
「愚民の子ども」となじって
いた教員が、じつは
「自己紹介してたんだな」と
いまならわかります。
そんな、
マネしてはいけない生き方を
おせっかい(親切?)にも
体現してくれていますが、
なかなかその姿を見て自戒できる
「人を見る目」(←死語なんだ
そうです!)胆力がある人には
なかなかお目にかかれません。
常識的には教員は「知性の高い人」
だから、その常識、空気に
あらがうのには勇気が
要りますから
しかたありません。
ましてやスマホなどの
便利グッズに
振り回されて画面に逃げ込む
習慣が身につき、
さらに思考停止してますから。
でも、バカは使いようです。
くりかえしますが、
未だに一部の人が
「知的な人たち」と
誤解している教員も
そのバカな集団を
構成する人にすぎません。
そんなものだと思って
間違いないでしょう!
どうバカを「使う」のかは、
学びと実践が必要なので
一人一人が感覚をつかい
ときによく考えることです。
結局、拙速な流れ、つまり人の
都合に流されてどつぼにハマるのは、
判断材料に乏しいタイミングで
たまたま現れた「急がせる人間」
がどこかにいて、その人の
言っていることを真に受けたり、
行動をマネしたりするからです。
(自分にも体験があるから
その馬鹿馬鹿しさがよく
わかります)
その首謀者の
ひとりが教員(達)です!
わかりますか??
そんなことよりも、
もっと自分の内側から
発せられる言葉や感覚を
一番の頼りにペースを保ち、
リズムに乗り、拙速に
はまらんよう、くれぐれも
気をつけたいと自戒した
ところです。
ハードルは高いですが、
良心と野心のバランスの
とれた素晴らしい人たちがいる
世界はたしかにあります。
自己対話をより充実させた上
人を見る目、内側にいる自分との
対話を磨いていく
覚悟をきめた次第です。
彼ら教員の多くは安定という幻に
依存しており、人を見る目や
自分と対話し向き合っていく
真の自立を学んでいませんから。
次回は、WINS横浜にいた
常連客の教員がJRAの職員と
偶然わたしの近くで話していた
世間話から聞き取った
彼らの素性です。
あ、運転の話からはすっかり
離れてしまいましたね!
笑)
くれぐれも運転は「待ち」
の姿勢で慎重にするくらいのが
結果、到達時間の短縮にも
つながりますよ。
では、次回お楽しみに。
現場からは以上です。














































