読みは推理ゲーム その6 言葉の意味を推理する | Arcのブログ

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英語と日本語について

 私達が普段何気なく使っている日本語、一体いくつぐらいの単語を知っているのでしょうか? いろいろと憶測がありますが、万単位である事は間違いないようです。

 ところがその内実際に辞書を引いて調べたのはいくつぐらいでしょうか?私の場合、勉強するときに数百回ほど広辞苑や漢字辞書を使ったぐらいで全体の何%にも満たないはずです。

別に誰からも説明された訳でもないのに知っている言葉が無数にあるはずです。

例文、 今日は夏日よりだったので近くの海辺まで○○○をしにいった。

さて○○○にはどんな言葉が入るでしょうか?

いろいろと考えられますね。泳ぎに行ったのかもしれませんし、サーフィンやビーチバレーかもしれません。

この一文からでは的が絞り切れません。なにかヒントがあれば… 文章の前後、タイトル、さし絵などヒントはどこかに隠されているはずです、

例えば彼が昨夜パドリングの練習をしていたと何処かに書いてあったとしたら、自然と答えはサーフィンになります。「彼はカナズチだった」と以前書いてあったとします。じゃあおそらく泳ぎに行ったのではないと予測がつきます。ところが例文のあとに「友達が彼の行動に驚いた」と書いてあったらどうでしょうか?答えは一転して「苦手を克服するために泳ぎの練習をしにいった」となるかもしれません。

日本語でも普段私たちはわからない単語にであった時にこのように推理を繰り返しています。これと同じことを英語ですればいいわけです^_^

が!

よく「英語を学んでグローバル化」とか「英語は公用語にすべき」とかくだらないうたい文句を耳にしますが、良いことばかりでもありません。日本で育った私たちは英語を母国語としている人達と比べて英語に触れてきた時間が何十、何百分の一かもしれません。

もし本当に国際化が進めばやがて私たち日本人は英語のネイティブスピーカーと直接の競争関係になります。会社の同僚が当然のように英語で話しかけてきます、会議もレポートも全て英語です。彼らと同じスタートラインに立つには使ったことのない言語をまず覚えなければいけない。彼らもあなたとおなじように出世をねらっています。死活問題です。でも彼等は何の苦労もしなくていいんです。この一方的な押し付けられた英語の国際化をなぜここまで美化できるのか、理解に苦しみます。

何が言いたいかというと。

英語を読もうとする限り、知らない単語が山のように現れます。スラスラと何でも読めるようになるまで何年もの時間がかかるでしょう。単語の絶対量がたりないんだから、仕方がありません。

 単語がわからなくてもネイティブスピーカーと同等かそれ以上の成績をひねりだすにはどうするか? 一体なにで足りない分をおぎなうか。

 それが読みの推理力です!

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