今回、私は日本・カンボジア芸術文化祭の使節団として参加させていただきました。
私にとってのカンボジアでの5日間の経験は生涯忘れることが出来ない時間となりました。その中でも特に忘れられない出来事が大きく3つありました。
1つ目はNOROODOM SIRIVUDH殿下にお会いすることが出来たことです。
殿下、妃殿下にお会いすることは、日本で言うと皇太子殿下、妃殿下にお会いすることと同じなのだと考えた時、私は今回のプロジェクトが国を動かす程の凄いことなのだということを改めて実感しました。さらに、その場にいて、殿下がお食事をしながらでも、全部の机に目を配り、指示されているのを見て、上に立つ方こそ一番周りに目を配って行動されているのだということを学びました。最後に殿下から直々に感謝状をいただいた時は、このようなものを何もしていない私なんかがいただいてもいいものかというおどろきと感動でいっぱいでした。殿下、妃殿下はお会いして本当にとても優しい方なのだと感じました。この経験はもう二度とないと思い、忘れてはならない大切な日だと思いました。
また2つ目は、屋内ステージと屋外ステージでの舞台です。私は”幸”というのをテーマに七福神太鼓の弁財天をやらせていただきました。まずなによりも舞台に二度も出させていただけるということが私の経験で忘れられない2日間となりました。
実際に舞台に立った時はお客さんが楽しんでみてくださっているのを見て、日本のものを一つでも出来ることは、こんなにも人の心を動かすことが出来るのだと感じ、改めて今回のプロジェクトの素晴らしさと自分が参加していることでの感謝の気持ちで一杯になりました。またカンボジアの子たちと一緒に「さくら」を踊った時は、言葉通じないながら、なれない英語と笑顔で接したらカンボジアの子たちと仲良くなることが出来ました。このような交流は学校でも出来ない貴重な経験でした。
これからも舞台で出会ったカンボジアの子たちとの交流は一生大切にしていきたいと思います。
そして3つ目は、井戸を見に行ったことと、そこで出会った村の方々との交流です。
井戸を実際に見て、自分が今どんなに良い暮らしが出来ているのだろうと痛感しました。
私はこれまで生きてきても幸運なことに、水がない生活や食料がない生活を経験したことがありません。あの井戸水を見るまで、今の自分の生活環境は当たり前の普通の生活だと思っていました。しかし、とても飲み水として飲むことが出来ない井戸水を目の前で見せてもらって、現地の村の方々はその井戸水で生活しているのだと考えた時、私は今までどんなに恵まれて生きてきたのだろうと今の生活が当たり前だと思っていたことが恥ずかしくなりました。
私は家族で1つの井戸を作りました。
私の井戸は農場用で、周りに家はなく、田んぼのような所の真ん中にありました。
井戸が出来てから1年以上経った時に行ったので、掘ったばかりの時とどのように変化したのか見ましたが、やはり井戸を掘って水があるというだけで、草が徐々に生えてきていたりと少しずつ変化しているのだなと実感しました。また自分の井戸が少しでも役に立ってもらえているのを感じた時、心が凄く広くなったように感じて、それまで悩んでいたことなども小さなことだと思えて嬉しい気持ちでいっぱいになりました。
また現地の方々から井戸があることへの感謝の気持ちが凄い伝わってきて、「井戸を掘ってよかった。実際に見に来てよかった。」と心からそう思いました。
今回、5日間という短い期間でしたが、私にとっては1年でも足りないくらいの感謝しきれない、とてもよい経験をさせてもらいました。私はまだ学生の身で両親がいないと一人ではお金を稼ぐことができない未熟者です。だから今回、私がこのような素晴らしい経験が出来たのも、両親や先生方、応援して下さった皆さんなど、たくさんの方々が支え、応援して下さったからだと思っています。なので、自分がちゃんとお金を稼げるぐらいまでの人間になったら、両親や先生方などがされてきたことを同じように続けていきたいと思いました。ボランティアとは1回きりでは終わらず何年、何十年もずっと続けていくことが大切なことだと思います。それがこれからの私に出来る唯一の恩返しだと今回、カンボジアに行ってそう思いました。
この度はこのような経験をさせていただいて本当にありがとうございました。