藤沢周平が史実をもとに描いた4つの作品が収められた短編小説集。
歴史小説か時代小説か。
読者である我々は、ついついそういうジャンル分けをしてしまいますが、藤沢さん自身は、歴史的事実を下敷きに人間を探るか、絵空事を構えて人間を探るか、というアプローチのしかたが異なるだけで、どちらも小説であることには変わらないというスタンスだったそうで、歴史的事実に基づいた作品であっても、歴史小説と呼んで頂かなくてもいいとあとがきに記されています。
この4つの作品についても、歴史的事実を仔細に描き切るというよりも、登場人物の心情を中心に描かれいるところが印象的でした。
「逆軍の旗」は本能寺の変を起こす明智光秀の話ですが、映画やドラマでは外せないような場面を描かない潔さが、光秀の心の揺らぎを際立てせています。
「幻にあらず」は上杉治憲(鷹山)の時代の米沢藩の話で、すぐには結果の出ない藩政改革の難しさと、それに挑むものの苦労を、上杉治憲と竹俣当綱を中心に、藩主と家臣という立場の違いという視点も交えて描いています。
この作品の終わり方を見ると、藤沢さんはおそらく竹俣当綱という人物に興味を持たれていたのだろうなということがうかがえます。
また、この作品は読み始めて初めて「漆の実のみのる国」と同じ題材であることに気づいたのですが、短編小説「幻にあらず」として出したものに、後年改めて長編小説として挑んだものが「漆の実のみのる国」だとのこと。
「漆の実のみのる国」を改めて読み直してみると新たな発見があるかもしれません。
残りの2作品、「上意改まる」と「二人の失踪人」は郷土史料に基づいた物語ということで、一般にはほとんど知られていないお話ですが、それぞれに心動かされるものがあります。
歴史的に有名な人物、事柄を題材にしていても、一般的には知られていないような人物、事柄を題材にしていても、何かしら心に響くものがある。
そういう意味では、歴史小説とか時代小説という区別は不要ですね。

