大学1年から某大手受験予備校でチューターのバイトをしているのですが、ここ2週間で時給の変更とシフト体制の縮小が言い渡されました。
原因は少子化の影響みたいです。
浪人する生徒数が2年連続で前年比マイナス15%、講習会に限っては前年比マイナス30%(ウワサですが)らしく、そのしわ寄せがバイトにもきたということです。
でも、今回の予備校側の対応には友達も不信感をあらわにしてます。
それは、時給の変更を8/1から実施するとの通知が3日前の7/29だったのです。しかも、シフトも縮小するとのことで3週間先まで決まってたシフトが突然削られたのです。
これって労働基準に違反じゃない?
バイトで生活費を稼いでる人もいるし、予定もバイトとの兼ね合いで組んでるのに、あまりにもバイトをないがしろにしてない?
しかも9月以降はバイトに充てる予算を今までの3分の1にするらしく、無茶苦茶とはまさにこのことです。ずっとバイトしてきたから内部の実態がある程度わかるのですが、はっきり言って経営がずさんすぎるんですよね。
今さら新しいバイトを探すときがきたのかな?
学校のレポートが全部片付いて、これですっきり残りの夏休みを過ごせるぅ!!!
といっても実は7月の半ばには授業が終わって休み状態だったんだけど。。。
今回書いたレポートの数は7個、大学4年間を通じても2~3個しか書いたことがないから結構しんどかったです。レポートにかかる時間を考えるとやっぱ試験の方が楽かも!?
明日からはいよいよこの夏最大の山、21日~27日にあるワークショップ@トロントの準備に終われそう。。。
ワークショップの内容は実際に現地トロントの現状を視察したり、向こうの先生の話を聞いて、これからのトロントという都市のあるべき姿について都市計画の視点からトロント大学の学生と取り組むというものです。
まずは向こうの先生から来る前に読むように言われた英語の文献を読まなければぁ、、、。
みなさんは電車に乗ったときは、たまにでも車窓から見える景色をボォ~~~~~っと眺めたことってありませんか?
今回、新幹線で東京から大阪に向かうときも途中約1時間ほど車窓から見える景色を眺めてました。そして、普段電車に乗っているときにおもうことが新幹線に乗っているときにもよぎりました。正確にはより確信に近づいたのかもしれません。
それは、
車窓から見える景色を形づくる建物のほとんどは地元の工務店や不動産屋が建てた木造住宅や鉄筋コンクリートのマンションであって、決して建築雑誌に載ってるような建築家が設計するコンクリート製の戸建住宅やアルミ住宅、あるいはルーバーやパンチングメタルといった目新しい素材を使った建物が景色になってはいない、
ということです。
「景色を見てそんなこと考えないよっ!」って意見が聞こえてきそうですが、建築学生だからこんなこと考えちゃうのです。
これはどういうことか?つまり、普段なんとなく感じている建築側の論理と一般の論理のズレがそのまま景色となってあらわれているのではないか?ということです。
建築をかじった人なら察しているかもしれないけど、建築側の人間はやれプログラムだの、やれ形態だの、やれ新しい空間だのいろいろこねくりまわすし、実際学校でもそういう教育を受けています。しかし、現実に立っている建築は工務店や不動産屋によってある程度プランがカタログ化された中から組み合わせたものが大量に流通しているのです。
そうすると、建築を学ぶ者としては途方にくれて脱力感に覆われることがあるのです。果たしてこれまでのように建築を考えていってよいのだろうか、と。
だからと言って、現実に展開されている論理に身を任せるもの消費者に特化してしまうようで味気ない。逆に建築側でも現実でもない何か違う論理を見つけられないか?それが、建築側が現実から乖離してしまうのでもなく、建築の面白さが現実に浸透していく手段になりえないか?
そんなことを今回車窓から見える景色を眺めながらおもったのでした。