それは遙か昔にあった昔話であった。
「東には行くな。行けば鬼と魔女がいる。」
そう、年老いた老夫婦に言われたことがあったと一人の少年は耳にたこができるほど聞かされたらしい。
共和国中部司令部より遙か東にあるグレゴリオ山脈に鬼と魔女がいると噂が絶えないが必ずしも二人一緒に居るとは限らない。
魔女は山脈の麓に中規模ながら充実したアトリエを持ち何不自由なく暮らしていた。
対する鬼は何者にも束縛されずに機龍に乗り自由気ままに旅をしているのであった。
鬼はループを繰り返す世界に飽き山脈に塒をつくり永劫の眠りについた。それは深海のように深く深く眠りについていた。そして何百年と時が過ぎ一人の幼女が鬼の目覚めを醒まさせた。
「鬼さん、いつまで寝ているのかしら?」
「…んっ…妾の塒に土足とは…随分と…止めておこうかの」
鬼は長さ一尺の細い煙管を吸い始め優雅に煙を吐いた。乱れた和服の帯を軽く締め直して煙管の中の灰をだし少女を見つめた。
「妾の元にくることつまり…この下らぬ世界に変化したかの?」
「あら…眠っていたわりには頭は冴えているのかしら?」
「戯れ言を…あの独特の不快感を持った輩は…彼奴しないなかろう」
「…いつからかしら?」
「湧いたたときにじゃ…恐らく人狼も汝(なれ)の執事もじゃろうな」
「……」
少女は口を噤んだ。鬼はふわりと浮かび上がれば二本の太刀を持つ。少女に背を向けそのまま訊ねた。
「彼奴は呼んでおるかえ?」
「ええ、貴方が起きることは事前に『観測』ていたから来させているわ」
少女の背後に小さな魔法陣が現れ紫色の光を輝かせ燕尾服を身にまとった男性が現れた。
男性は少女の執事エーレンベルクである
「久しいな…真樹奈」
「ほほほ…汝もちっとも姿は変わらぬの」
「お前もな」
真樹奈と呼ばれた鬼は煙管を吸い斜め上に向かい吹いた。
トレーを左手に持っているエーレンベルクは静かに真樹奈を見つめていた。
司令部
ドアを叩く音がしギルは書類を見つめたままである。
「開いている…」
ドアノブを捻り蝶番が軋む音が木霊した艶やかな銀髪をたなびかせた女性が姿を見せた。
「大佐、大総統様が」
「…通せ」
「はっ!」
女性は敬礼したあと一旦廊下に出てエスコートするように中に入ってきた
「やあ、アインツベルク大佐久々だな」
「レイヴン総統も相も変わらずお元気で」
レイヴンと呼ばれた男性は年配のようではあるがその年齢に似つかわしくないほどの隆々とした筋肉がそれを強調している。
「まあ、腰かけてくれ堅いのは好きでないのだがな」
「はっ、それでここに来たと言うことはつまり…」
ギルは椅子に座り両肘をデスクにつきソファーに腰掛けるレイヴンを見て訊ねた
「あやつの件も然り…じゃが、最近帝国は荒れていると聞いてはいるが…」
レイヴンは深く腰掛けたまま足を組んでギルを見つめた。
「女皇帝の…国ですか…」
「ふむ、まだ民族紛争が絶えなくての…そこで、ギル大総統命令だがな」
「謹んでお受けしますよ」
事実、大総統命令とはよほどのことでは発せられないことだがレイヴンはニカッと笑いを浮かべた。
「ワシとキール一緒に帝国の紛争に介入しろ。ロンメルとあの女軍人はワシ等が紛争に介入されれば度肝を抜かすだろうな!ハハハ!」
「…なるほど異議はありません。」
ギルは微かだが口元を緩めた。
「ギルよ我等の信条は覚えておろうな?」
ロンメルは腰に備えてあるウォッカのコルクを抜き一気に飲んだ。
「無駄な死を作るな。民があり国があり国があるから我等がいる…軍に奉職してから揺るぎませんよ…」
ギルはそっと窓の外を眺めた。