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この記事は幼少期からの私の半生を綴ったもので一連の流れがあります。
ご面倒ですが是非こちらの記事からご覧ください
前回はこちら
もう死んでもいい。
そう思って遺書を少しづつ書き始め、自分の荷物など家の物を整理し始めた。
自殺マニュアルなどサイトや本屋で立ち読みして調べていた。
オットには恨みしかなかったけど私が死んで遺体発見したらこの人絶対パニくるのわかっていたから自宅では死ねないと思ってどこで死のうか、など毎日考えていた。
オットからは毎日何十回と電話が来た。
その度に「元気かね?」と聞く。
元気なわけないだろ。
その電話に毎回イラッとさせられていた。
相変わらず食事も食べられずまともに眠ることすらできなかったけど死ぬことに思いを馳せている時だけは心が平穏だった。
ある時オットに「私がいなくなったらどうする?」と聞いた。
「死ぬって事?」と聞いてきたので「まぁ、例えばそうなったらどうする?」と聞いた。
刑務所行く覚悟であいつら全員殺ると言った。
あいつらとは私の娘、息子、孫、娘婿、前夫。
娘の居場所はわかっているからそこに行って まず、3人(娘、娘婿、孫)全員マンションの階段から突き落として、前夫と息子の居場所は探偵使って調べて殺ってやる、と言った。
その時のオットの殺気に私はゾッとした。
ほんとに殺るとわかったから。
こりゃ死ねない・・・とっさにそう思った。
娘の家庭がめちゃくちゃにされると思ったから。
私が死ぬことを選んだら子供たちに迷惑がかかる。
こんな時に自分以外の人の事を考えるなんて・・・
後先考えず自分さえよければ誰に迷惑かかってもいいやと思えたらさっさと死ねたのに。
この時も死ねなかった。
私は何のために生きてゆけばいいのだろう。
この時の私は、本当に辛かった。
3週間ほど経って友達が気分転換にと外に連れ出してくれようとしたが出れなかった。
食事は少しずつ食べられるようになっていたがすぐにお腹が痛くなるので外食はできなかった。
そして、人が怖くなっていた。
別の友達は家に行くよ、と言ってくれた。
でも誰にも会いたくなかった。
会いたくないなら電話で話そうと言ってくれた友達もいたけど誰とも話したくなかった。
死ねないのに私は遺書を書くことをやめなかった。
もしかしたらいつか死ねる時がくるかも知れないと思ったから。
毎日泣くことだけは変わらなかった。
どれだけ泣けば泣く事はなくなるのだろうか、そう思っても涙は止まらなかった。
誰も信じられなくなった。
みんな私を裏切る。
私の人生ってなんなんだろう。
私は不幸になるために生まれてきたの?
私は何のために生まれてきたの?
朝になると空が明るくなる。
そしてだんだん陽が落ちて夜になる。
泣いて1日が終わる。
眠れないから朝なのか昼なのか夜なのかもわからなくなる。
何のために生きているのか。
死ねないからただ生きてるだけ
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前回からだいぶ空いてしまいましたが今回ので私の半生シリーズが40話になりました。
かなり端折って書いているのできちんと書いたら本ができるくらいだと思います。
補足も書いていきたいと思っています。
お茶を作っています。
直火オッケーのガラスのケトルって珍しくないですか?
じゃまたねーヾ(*´∀`*)ノ