水溜まりに映る月 -16ページ目

水溜まりに映る月

水溜まりに映った幻に手を延ばしても掴めない。

ただ、その光を感じることも、綺麗だと思うこともできる。


 別に、何がどうというわけでもないんだけどね。



 正直、「死にたい」って嘯く奴が全員(老若男女問わず)、御託を並べる前に、言い訳をこねる前に、愚痴をはき出す前に、罵倒をまき散らす前に、弱音を溶かす前に、泣き言を漏らす前に、


 とりあえず、死ねと思う。

 うん、とりあえず死ね。




 ……いや、うん、勿論、その場合、最初に死ぬのはそんなことを言った俺であるべきなんだけどさ。



 なんだかんだで、「死んでも良い」って思ったことはあっても、「死にたい」って思ったことはない。…………と、思う。……たぶん。


 少なくとも、今は強く生きていくつもりだ。うん。



 …………っていうかさ、毎日毎日10km程度走って、筋トレして、旧友からも「真性のドM」「自分限定超ドS」とか言われるけどさ。今日とか、正直歩くのも辛いくらいだったけどさ。昨日、40㎏の重りを背負ってためしに走ってみたら死んだ。……うん、昨日は昨日で死んでたかもしれない。


 閑話休題。



 過去の自分を見た。


 それを見た瞬間、物凄い後悔と、恥ずかしさと、苛立ちと、それら全てを内包してもまだ足りない怒りがわき出た。


 あぁ、過去の俺だな、と。


 自分を正当化する正論を並べて、言い訳をこねて、愚痴をはきだして、弱音を空気に溶かして、泣き言を漏らして、

 それは過去の自分で間違いない。



 そんな人間が、死にたい、消えたい、なんだのかんだのとほざいていた。


 “少なくとも”俺にとってはそれは合わせ鏡のようにも見えたし、ここまで怒りと吐き気をもよおすのは同族嫌悪なのだろうし、過去の自分を突きつけられた灼けるような羞恥のせいだともわかっている。



 だから、これがただの八つ当たりだということはわかっている。



 だから、死にたいなら死ね。消えたいなら消えろ。少なくとも俺にとっては目障りで(勿論、二度とそのブログを覗くつもりはないが)、死んで消えるなら俺にとっては価値がある。



 もう、ね。

 疲れてるんだよ、こっちは。精神的な疲労を誤魔化すために、肉体を虐めてるんだよ。あんまり下らないことで下らない悩みを書き連ねて欲しくないし、

 最初から、出会いが目的なら「ただし、俺の悩みの相談を受けて良いのは女性に限る」くらい書いてくれよ、と思う。




 勝手に覗いたのが俺で、間違いなく否は俺にある。

 でも、あまりにも怒りが静まらないから、書き連ねた。


「死んでいい」なんて簡単に言うな、っていうのも理屈としてはわかる。でもさ、女の気を惹きたいからとか、カジュアルで「死にたい」って言うなら死ねばいいと思うよ。

 死んでから悲しむ人がどれだけいようが、どれほどの人に迷惑をかけようが、自分にとっての全てが失われようが、


 少なくとも、死人は悩まない。幽霊は知らないけど。



 ふぅ、少しスッキリした。


 明日の朝には通常運転しなきゃ。よし、頑張ろう