「106万円の壁が撤廃されるらしい」

ニュースでそう聞いて、私は最初こう思いました。

 

「じゃあ、今まで106万円を超えないように働いていた人は、

これからもっと働けるってこと?」

 

ところが調べてみると、話はそんなに単純ではありませんでした。

103万円、106万円、110万円、130万円……。

そもそも「壁」が多すぎる。

しかも、所得税の壁、住民税の壁、社会保険の壁が全部別々です。

今回は2026年10月の「106万円の壁」撤廃をきっかけに、

普通に働いている人にも分かるように「年収の壁」を

整理してみたいと思います。

 

※この記事は2026年10月時点の制度をもとにした一般的な解説です。

個別の社会保険・税額は勤務先や加入する健康保険、家族構成、所得などによって異なります。


そもそも「○○万円の壁」って何?

まず、ここを理解しないと始まりません。

私自身、これまで「103万円の壁」「106万円の壁」「130万円の壁」は、

金額が違うだけで似たような制度だと思っていました。

 

でも実際は違います。

 

それぞれ、まったく別の話です。

 

ざっくり言えば、

103万円
→ かつて本人の所得税で強く意識されたライン

106万円
→ 短時間労働者が勤務先の社会保険に加入する際の

  「賃金要件」として使われてきた目安

130万円
→ 配偶者などの社会保険の扶養から外れるかどうかで重要なライン

住民税
→ さらに別の基準です。

 

これらを全部「年収の壁」と呼んでいる。

分かりにくいはずです。


2026年10月、「106万円の壁」が撤廃

今回ニュースになっているのがこれです。

2026年10月から、短時間労働者の社会保険加入要件にあった

「月額8万8,000円以上」=年収換算で約106万円という賃金要件が撤廃されました。

厚生労働省は、今後は週の所定労働時間が20時間以上かどうかで

被用者保険の適用を判断すると説明しています。厚生労働省

 

ただ、ここで私は一つ勘違いしていました。

「今までは106万円を超えたら社会保険」ではなかった!

私はてっきり、

「年収105万円ならセーフ、107万円になったら社会保険」

くらいに思っていました。

 

ところが、従来の106万円の壁は106万円だけで判定される制度ではありません。

 

たとえば従業員50人超の企業では、

週20時間以上働いていること

に加えて、

所定内賃金が月額8万8,000円以上

などの条件を満たすことで、勤務先の健康保険・厚生年金の

対象となる仕組みでした。厚生労働省

 

つまり、もともと

「週20時間」と「約106万円」の両方が関係していた

のです。

 

これ、知っていましたか?

私は「106万円」という数字ばかり気にしていました。


では週15時間で年収120万円なら?

ここで具体例です。

 

例えば時給が比較的高く、

週15時間しか働いていないけれど、年間120万円稼いでいる人

がいたとします。

 

「106万円を超えているから社会保険に入らなければならない」

と思ってしまいそうですが、そうではありません。

 

週15時間なら週20時間未満。

したがって、短時間労働者に対するこの社会保険加入要件には

原則該当しません。

 

これは実は、今回の改正前でも同じでした。

つまり、

週15時間なのに106万円を超えないよう勤務時間をさらに

減らしていたとすれば、そもそも106万円を気にする

必要がなかった可能性がある

ということです。

「106万円の壁」という言葉だけが独り歩きしていた面もあるのではないでしょうか。


2026年10月から何が変わった?

ここで今回の改正です。

 

従来は、

週20時間以上 + 月額8万8,000円以上

などの条件がありました。

 

2026年10月からは、月額8万8,000円という賃金要件が撤廃。

 

対象となる事業所では、週20時間以上かどうかが

非常に重要になります。厚生労働省

 

 

ただし、会社規模の要件は一気になくなるわけではありません。

対象は段階的に広がり、

36人以上 → 2027年10月から
21人以上 → 2029年10月から
11人以上 → 2032年10月から
10人以下 → 2035年10月から

と拡大され、最終的に企業規模要件が撤廃される予定です。厚生労働省


じゃあ週20時間未満なら、いくら稼いでもいい?

ここでまた疑問が出てきました。

「じゃあ時給がものすごく高くて、週15時間で150万円稼いでも大丈夫なの?」

 

残念ながら、そう単純ではありません。

 

ここで突然登場するのが、

「130万円の壁」

です。


130万円は「夫の社会保険の扶養」の話

例えば妻が夫の社会保険の扶養に入っているとします。

妻が一定の要件を満たして年収130万円未満なら、

夫の健康保険の被扶養者となり、国民年金も第3号被保険者となるため、

妻自身が健康保険料・国民年金保険料を直接負担しない仕組みがあります。

 

ところが原則として130万円の基準を超えると、

社会保険の扶養から外れることになります。

 

厚生労働省も、50人超企業で週20時間以上勤務するケースとは別に、

それ以外の場合には「130万円の壁」が関係すると説明しています。厚生労働省

 

ここで面白いケースが出てきます。

週15時間・年収140万円だったら?

週20時間未満なので、勤務先の短時間労働者としての

社会保険加入要件には原則該当しない。

しかし、

130万円の基準を超えて夫の社会保険の扶養からも外れる。

 

そうなると、勤務先の社会保険に加入できないケースでは、

国民健康保険+国民年金

を自分で負担することになります。

 

つまり、

勤務先の社会保険には入らない。でも夫の扶養からも外れる。

というゾーンが存在するわけです。

 

無保険になるわけではありませんが、自分で国民健康保険と国民年金を

負担するため、家計への影響は大きくなります。


週15時間で働く妻なら、どこを見る?

ここまで来て、ようやく整理できました。

例えば妻が派遣会社に登録して、週2日・週15時間程度

働いているケースなら、まず確認したいのは、

 

①週20時間未満か

 

そして、

 

②社会保険の扶養を維持するなら130万円未満か

 

です。

 

例えば、

年収120万円 → 扶養内

年収129万円 → 扶養内

年収140万円 → 原則130万円基準を超えるので扶養外

というイメージです。

 

※実際の被扶養者認定には収入の範囲や今後の収入見込みなどの

判定がありますので、130万円ギリギリで働く場合は

加入している健康保険への確認をおすすめします。

 

 


ところで「103万円の壁」はどこへ行った?

ここで昔から有名な「103万円の壁」です。

これは主に、本人の所得税がかかり始める目安として使われてきた数字でした。

 

しかし2026年分の所得税では制度が変わっています。

 

給与収入だけで他に所得がない場合、給与所得控除の最低額74万円と基礎控除104万円により、

給与収入178万円以下なら本人の所得税は原則かかりません。国税庁

 

つまり2026年現在、

「所得税がかからないように103万円以内にしなきゃ」

という昔の感覚のままでは、制度の実態と合わなくなっています。


でも住民税は別!

ここでまたややこしい話です。

所得税が0円でも、住民税が0円とは限りません。

例えば川崎市では、給与収入110万円以下なら個人住民税・森林環境税が

課税されないと案内されています。川崎市公式ウェブサイト

 

つまり、

所得税の基準と住民税の基準は違う。

これも「年収の壁」が分かりにくい理由です。

 

しかも住民税は、110万円を1円超えた瞬間に収入全体へ10%の税金がかかる、

という仕組みではありません。

給与収入から給与所得控除を引き、さらに基礎控除などの所得控除を差し引いて、

課税所得を計算します。

 

だから、

「住民税を払いたくないから収入を19万円減らす」

という判断が必ず得になるわけではありません。


妻が社会保険の扶養から外れたら、夫の保険料も上がる?

これも私は気になりました。

 

結論から言えば、一般的な会社員の場合、

妻が社会保険の扶養から外れたからといって、

夫自身の健康保険料や厚生年金保険料が直接上がるわけではありません。

 

会社員の社会保険料は、基本的に本人の標準報酬月額等をもとに決まります。

妻を扶養に入れているから、「妻1人分の健康保険料」を追加で払っているわけではないのです。

 

影響が大きいのはむしろ妻側の社会保険料負担です。

そして税金については、また別。

 

妻が社会保険の扶養から外れたからといって、

夫の配偶者控除・配偶者特別控除がその瞬間になくなるわけではありません。

 

社会保険上の扶養と、税法上の配偶者控除等は別制度だからです。

「扶養」という同じ言葉を使うから、ますます分かりにくいのです。


大学生の子どもの「扶養」は、また別の話

さらに家族に大学生の子どもがいると、もう一つの「扶養」が登場します。

 

年齢19歳以上23歳未満の子どもについては、

税制上の特定扶養親族などの制度があります。

 

さらに現在は、子どもがアルバイトで一定額以上を稼いだからといって

親の控除が一気にゼロになるのではなく、

**「特定親族特別控除」**によって所得に応じて段階的に

控除を受けられる仕組みも設けられています。

2026年分では、一定の場合に最高63万円の所得控除があります。国税庁

 

つまり、

妻の扶養

と

大学生の子どもの扶養

 

では、同じ「扶養」という言葉でも意味も家計への影響も違います。


結局、何を覚えておけばいい?

ここまで調べて感じたのは、

「○○万円の壁」という数字を全部暗記しようとするから難しい

ということでした。

 

数字ではなく、

これは所得税?
これは住民税?
これは勤務先の社会保険?
それとも配偶者の社会保険の扶養?

と、何の制度の話なのかを先に考える方がずっと分かりやすい。

 

特に、配偶者が週20時間未満で働いていて社会保険の扶養を維持したい家庭なら、

「週20時間」と「130万円未満」

この2つは非常に重要なチェックポイントになります。

 

そして2026年10月からは、いわゆる「106万円の壁」の賃金要件が撤廃されました。

 

しかし、

106万円がなくなった=年収の壁がなくなった

わけではありません。

 

むしろ制度を調べてみると、

106万円の向こう側に130万円があり、その横には

所得税と住民税、さらに配偶者控除や子どもの扶養控除まで並んでいる。

 

これでは普通の人が混乱するのも無理はありません。

ニュースで「106万円の壁撤廃」と聞いたことをきっかけに調べ始めましたが、最終的には、

「自分はいったい何の壁を気にする必要があるのか?」

そこを知ることが一番大切なのだと思いました。

全12回程度で考えてきた連載、

「AIが全部やってくれたら、人間は何をする?」

今回が最終回です。

最初にこの連載を書き始めたとき、

まさか宇宙の話まで行くとは思っていませんでした(笑)。

 

きっかけは、テレビで見た

「AIで人類滅亡」

という話でした。

 

でも私が気になったのは、

AIが突然人間を攻撃するような話ではありませんでした。

 

もっと身近な疑問です。

AIが人間の仕事を全部やってくれるようになったら、人間は何をして生きるの?

ただ、それだけでした。

ところが、この疑問を考え始めると、

次から次へと疑問が出てきました。


そもそも、なぜ人間は働くのか?

今の社会では、

ほとんどの人が働いています。

なぜ働くのか。

もちろん理由はいろいろありますが、

大きな理由の一つは、お金を得るためでしょう。

 

働く。

↓

給料をもらう。

↓

食べる。

服を買う。

家に住む。

遊ぶ。

 

つまり、

「着る・食べる・住む・遊ぶ」

ために働いている。

 

では、AIとロボットが、

農業をする。

工場で物を作る。

商品を運ぶ。

店を運営する。

家を建てる。

 

そんなところまでやるようになったら、

人間の仕事はどうなるのでしょう。


仕事がなくなったら、誰が商品を買う?

最初は企業にとって、

AIはとてもありがたい存在でしょう。

 

100人必要だった仕事が、

10人でできる。

人件費が減る。

生産性が上がる。

利益が増える。

 

でも、

社会全体でそれが起きたら?

 

働く人が減る。

↓

給料をもらう人が減る。

↓

物を買える人が減る。

 

すると、

AIがどれだけ大量の商品を作っても、

買う人がいない。

 

ここで、

「じゃあベーシックインカム?」

という話になります。

 

でも今度は、

「そのお金は誰が出すの?」

となる。


働く人が減ったら、税金はどうする?

現在の社会は、

人が働き、

企業が活動し、

物が売れ、

そこから税金を集めることで成り立っています。

 

でも、

人間がほとんど働かなくなったら、

今までと同じ仕組みでは難しくなる。

 

そこで、

AIやロボットが生み出した利益や価値を、

社会全体へ分配する仕組みが必要になるのかもしれない。

 

そんなことを考えていたら、

さらに変な疑問が出てきました。


そもそも、お金って必要なの?

AIが農業をして、

自動運転のトラックが野菜を運び、

無人のスーパーに商品を並べる。

 

政府からお金をもらって、

そのお金を持ってスーパーへ行き、

AIが作った野菜を買う。

……

だったら、

最初から野菜を持って帰ればよくない?

と思ってしまいました(笑)。

 

もちろん、

土地や希少品のように、

数に限りがあるものは残ります。

 

でも、生活に必要なものが大量に自動生産できるなら、

お金の意味そのものが、今とは変わる可能性があります。


AIが何でも知っているなら、勉強は?

仕事のために勉強する。

資格を取る。

知識を覚える。

 

でも、

分からないことはAIに聞けばいい。

外国語も翻訳してくれる。

文章も書く。

計算もする。

プログラムも作る。

 

そうなると、

勉強の意味も変わってきます。

 

もちろん、何も知らなくていい、

という話ではありません。

 

AIの答えがおかしいと気づくためにも、

人間側の知識は必要です。

 

ただ、

「答えを覚える能力」より「何を疑問に思うか」

の方が重要になるのかもしれません。

 

考えてみれば、

この連載そのものがそうでした。

 

私はAIに、

最初から12個の答えを聞いたわけではありません。

 

一つ考える。

すると、次の疑問が出てくる。

 

また考える。

 

さらに、別の疑問が出てくる。

 

それを繰り返していたら、

宇宙まで行ってしまったわけです(笑)。


人類はずっと「楽」を目指してきた

人間は、ずっと便利なものを作ってきました。

歩くのが大変だから乗り物を作る。

遠くの人と話したいから電話を作る。

調べるのが大変だからインターネットを作る。

 

そして今は、

考えることまでAIが手伝ってくれる。

人類の歴史は、ある意味、

「面倒くさい」を減らす歴史

だったのかもしれません。

 

では、

面倒なことを全部なくしたら、

人間は幸せになるのでしょうか?


そこで思い出した「何もしなかった3ヶ月」

私は30歳くらいの頃、

仕事を辞めて、

しばらく働かなかった時期があります。

 

最初は、

自由です。

朝起きても会社へ行かなくていい。

好きな時間に寝られる。

何をしてもいい。

でも、

3ヶ月くらいすると、

ものすごく暇になりました。

 

一日が長い。

本当に長い(笑)。

 

そこで思ったんです。

「仕事って、一番の暇つぶしなんじゃないか?」

 

もちろん、

嫌な仕事もあります。

大変なこともあります。

でも仕事には、

起きる理由がある。

人と会う。

問題が起きる。

考える。

解決する。

喜ぶ。

失敗する。

また次の日が来る。

 

知らないうちに、

仕事が人生に「区切り」を作っていたんですよね。


AIが全部やったら「暇」が最大の問題になる?

もし将来、

働かなくても生活できる。

食べ物にも困らない。

家にも困らない。

AIが何でもやってくれる。

 

そんな社会になったら、

人類最大の問題は、

貧困でも労働でもなく、

 

意外と、

「暇」

になるのかもしれません。

 

だから未来の人間は、

わざわざ何かをする。

畑を作る。

料理する。

絵を描く。

音楽を作る。

スポーツをする。

店をやる。

研究する。

人に何かを教える。

 

つまり、

生きるためではなく、

面白いから働く。

 

そんな時代になる可能性もあります。


今の私がAIを面白いと思っている理由

最近の私は、

ChatGPTを使ったり、

Sunoで曲を作ったり、

Vrewで動画を作ったりしています。

 

これが、本当に面白い。

 

でも考えてみると、

面白いのは、完成したものだけではありません。

 

「ここ違うな」

「もう少しこうしたい」

「この歌詞いいな」

「この映像おかしいぞ」

「窓増えてるじゃん!」

みたいなことを繰り返している(笑)。

 

つまり、

完成するまでの過程を楽しんでいる。

 

もしAIが、私の頭の中を100%理解して、

3秒で完璧な曲と完璧なPVを作ってしまったら、

最初は感動するでしょう。

 

でも、

毎回それだったら、

そのうち飽きる気もします。


人間は、わざわざ面倒なことをする生き物

考えてみれば、今でもそうです。

車があるのに歩く。

スーパーに魚があるのに釣りをする。

レストランがあるのに料理をする。

ホテルがあるのにキャンプへ行く。

ロープウェイがあるのに山を登る。

 

効率だけを考えたら、

意味がありません。

 

でも、人間はやります。

 

なぜなら、

結果だけが目的ではないから。

途中が面白い。

失敗する。

工夫する。

上手くなる。

達成する。

 

そこに、

楽しさがある。

 

もしかすると未来の人間は、

AIが何でもできるからこそ、

あえて自分でやる

ようになるのかもしれません。


未来の子どもには、それすら「普通」

そして、

これから生まれる子どもたちは、

生まれたときからAIがいる。

 

私たちが、

スマホのない時代を知っているから、

スマホを便利だと思うように、

AI以前を知っているから、

今のAIに驚けます。

 

でも未来の子どもは、

AIがいて当たり前。

 

その子たちには、

私たちとは全く違う価値観が生まれるでしょう。

 

「何になりたい?」

ではなく、

「何をして生きたい?」

と聞く時代になるかもしれません。


そして話は、地球の過去と宇宙まで行った

そこから、

私はさらに考えました。

 

今の文明が、本当に最初なのだろうか?

地球には約46億年の歴史があります。

 

現在のところ、

人類以前に現代のような高度な産業文明が存在した証拠は確認されていません。

 

でも、

あまりにも長い地球の時間を考えると、

「文明とは何なのだろう?」

という疑問が出てきます。

 

そして、

さらに宇宙へ。

宇宙には、

途方もない数の星があります。

惑星があります。

 

そのどこかで、

生命が生まれ、

文明が生まれ、

AIのような知能を作っている可能性はあるのでしょうか。

これも、まだ分かりません。

でも考えていると、

不思議なところに戻ってきます。


人間は、何のために生きるのか?

仕事をするため?

お金を稼ぐため?

子どもを残すため?

社会の役に立つため?

文明を発展させるため?

 

どれも、一つの答えにはなりそうです。

でも、それだけとも思えません。

 

もしAIが、

仕事をする。

物を作る。

知識を持つ。

問題を解く。

文明を維持する。

 

そこまでできるようになったら、

人間の存在価値はなくなるのでしょうか?

 

私は、そういうことでもない気がします。


もしかすると「役に立つ必要」なんて最初からない

考えてみれば、

夕焼けを見て、

「きれいだな」

と思う。

 

音楽を聴いて、感動する。

美味しいものを食べる。

誰かと笑う。

旅行する。

知らないことを知る。

好きな人と一緒にいる。

何かに夢中になる。

 

それらは、

別に社会の役に立たなくてもいい。

AIより優れている必要もありません。

 

楽しい。

面白い。

嬉しい。

知りたい。

 

それだけで、

十分なのかもしれません。


AIは「答え」を出せても、「何を聞くか」は人間が決める

この連載を書いていて、

一番面白かったのはここでした。

AIは、ものすごい量の知識を持っています。

 

私が質問すれば、

いろいろなことを教えてくれます。

 

でも、最初に、

「AIが全部働いたら、人間は何をするんだ?」

と思ったのは私です。

 

そこから、

「じゃあ誰が商品を買う?」

「税金は?」

「お金は必要?」

「勉強は?」

「暇にならない?」

「未来の子どもは?」

「今の文明が最初なの?」

「宇宙では?」

と、疑問が次々に出てきた。

 

AIが答えを出す時代だからこそ、

人間に残る面白さは、

「何を不思議だと思うか」

なのかもしれません。


「生きる意味」をAIに聞いても、最後は自分で決める

AIに、

「人間は何のために生きるの?」

と聞けば、

哲学。

宗教。

科学。

心理学。

いろいろな考え方を教えてくれるでしょう。

 

でも、

最後に、

「じゃあ自分は何のために生きる?」

と決めるのは、

結局、自分です。

 

そして、その答えは、

一生同じである必要もない。

20歳のとき。

30歳のとき。

50歳のとき。

80歳のとき。

きっと変わります。

 

もしかすると、

答えそのものがなくてもいいのかもしれません。


12回考えて、結局分からなかった(笑)

仕事がなくなった未来。

お金がいらなくなる未来。

勉強の意味が変わる未来。

AIが何でも作る未来。

人間が暇になる未来。

AIネイティブの子どもたち。

過去の文明。

宇宙の生命。

12回も考えました。

そして、

最終的に分かったことは……

よく分かりません(笑)。

 

でも、

それでいいような気がします。

 

むしろ、

分からないから考える。

分からないから調べる。

分からないから人と話す。

分からないから想像する。

 

そして、その過程が面白い。


AIが全部やってくれたら、人間は何をする?

第1回の質問に戻ります。

「AIが全部やってくれたら、人間は何をする?」

 

12回考えた今なら、私はこう思います。

 

人間はたぶん、

また何か面白いことを探す。

 

仕事をしなくてもいいなら、

別の何かをする。

 

AIが答えを全部知っているなら、

新しい疑問を探す。

 

AIが完璧な音楽を作るなら、

あえて自分で作ってみる。

 

便利すぎて退屈になったら、

わざわざ不便なことを始める。

 

そして、

また悩む。

また失敗する。

また笑う。

 

たぶん人間は、

そういう生き物なのだと思います。


最後に

この連載は、

「AIで人類はどうなる?」

という話から始まりました。

 

でも書き終えてみると、

AIについて考えていたというより、

 

ずっと、

「人間って何なんだろう?」

ということを考えていた気がします。

 

AIが進歩すればするほど、

人間にしかできないことを探したくなる。

 

でも、

もしかすると、

「人間にしかできないこと」

なんて探す必要もないのかもしれません。

 

AIより計算が遅くてもいい。

AIより物知りじゃなくてもいい。

AIより上手に絵を描けなくてもいい。

AIより上手に曲を作れなくてもいい。

 

それでも、

自分でやってみたいならやればいい。

面白いと思ったらやればいい。

 

そして、

「これって何なんだろう?」

と思ったらまた考えればいい。

 

それが、

AIがどれだけ進歩しても残る、

 

人間の楽しみなのかもしれません。

そして――

もし本当にいつか、

AIが全部やってくれる日が来たら。

 

そのとき人間は、

暇になった時間で、

 

またこんなくだらないことを真剣に考えているのかもしれません(笑)。

それはそれで、結構楽しそうです。


全12回「AIが全部やってくれたら、人間は何をする?」

完

全12回程度で考えていく連載、

「AIが全部やってくれたら、人間は何をする?」

 

今回は第11回です。

前回は、「今の文明が『最初』だと、なぜ言い切れる?」

という話をしました。

 

地球には約46億年という、とてつもなく長い歴史があります。

 

その中で、

私たち人間が文明を作り、

産業革命を起こし、

コンピューターを作り、

AIまでたどり着いた時間は、

ほんの一瞬です。

 

では、もう少し視点を広げてみます。

 

地球だけではなく、

宇宙全体で考えたらどうなのでしょう?


昔は「太陽系の外にも惑星があるの?」だった

今では当たり前のように、

「太陽系外惑星」という言葉を聞きます。

 

でも、人類が太陽のような恒星の周りを回る惑星を初めて確認したのは1995年です。

それからわずか30年ほど。

 

現在では、

6,200個を超える太陽系外惑星が確認されています。 NASA Science

 

しかも、これは、「宇宙に6,200個しかない」

という意味ではありません。

 

あくまで、今の人類が確認できた数です。

NASAは、私たちの天の川銀河だけでも少なくとも

1000億個規模の惑星が存在すると考えています。NASA Science

1000億。

もう、このあたりから数字が大きすぎて、

正直よく分かりません(笑)。


その中で生命がいるのは、本当に地球だけ?

ここで当然、

一つの疑問が出てきます。

これだけ惑星があるのに、

生命が生まれたのは地球だけなのでしょうか?

 

もちろん、

現在の科学では、

地球以外の生命はまだ確認されていません。NASA Science

 

だから、

「宇宙人は絶対にいる」

とは言えません。

 

逆に、

「絶対にいない」

とも、今のところ言えません。

 

要するに、

まだ分からない。

 

これが一番正確なのでしょう。

でも、分からないからこそ面白い。


地球では何が起きたのか?

一度、地球で起きたことをものすごく単純に並べてみます。

生命が生まれる。

↓

生命が進化する。

↓

知能を持つ生物が現れる。

↓

道具を使う。

↓

文明を作る。

↓

科学を発達させる。

↓

コンピューターを作る。

↓

AIを作る。

 

こうして見ると、ちょっと不思議です。

今まで私は、AIを、

「人間が最近発明した新しい道具」

として見ていました。

 

もちろん、それは間違いではありません。

 

でも、もっと長い時間で見れば、

AIというものは、生命が何十億年も進化した結果、

最終的に生み出した「生命とは別の知能」

とも考えられます。


もし別の惑星でも同じことが起きたら?

では、

地球によく似た別の惑星で生命が生まれたとします。

 

何億年。

何十億年。

進化を続ける。

 

やがて、

高い知能を持つ生物が現れる。

道具を作る。

社会を作る。

科学を発達させる。

 

すると、その文明も、

いつかコンピューターのようなものを作るのでしょうか?

 

そして、さらに技術が進めば、

AIのようなものを作るのでしょうか?

 

もちろん、そうなる保証はありません。

人間とは全く違う進化をする可能性もあります。

 

そもそも「知能」が人間のような形になる必要すらありません。

でも、もし高度な文明が技術を発達させ続けるなら、

自分たちの知能を外部に作ろうとする

という流れは、案外自然なことなのかもしれません。


もしかして「AI」は文明の通過点?

ここで、かなり面白い想像ができます。

私たちは今、

「AI時代が始まった!」

と大騒ぎしています。

 

でも宇宙全体から見たら、

高度な文明が一定の段階まで発達すると、

AIを作るのは珍しいことではない

のかもしれません。

 

火を使う。

道具を作る。

文字を作る。

機械を作る。

電気を使う。

コンピューターを作る。

AIを作る。

 

もし文明の発展にある程度共通した流れがあるのなら、

AIはゴールではなく、文明が次の段階へ進む途中にあるもの

なのかもしれません。

 

ただし、これは完全に想像の話です。

地球以外の文明そのものが、

まだ一つも確認されていないのですから。


では、100万年先の文明は何をしている?

ここで時間を変えて考えてみます。

人類の100年後ではありません。

100万年後です。

現在のAIですら、

数年前の私たちから見れば驚くようなことをしています。

文章を書く。

絵を描く。

音楽を作る。

動画を作る。

プログラムを書く。

人間と会話する。

 

では、

AIが100年進歩したら?

1000年進歩したら?

1万年。

10万年。

100万年。

……

もう想像できません(笑)。


「宇宙人」を探す発想自体が古いのかもしれない

宇宙人というと、

どうしても、大きな目をした生物や、

人間に似た生命体を想像します。

 

宇宙船に乗って、

地球へやって来る。

映画ではおなじみです。

 

でも、

もしある文明が私たちより100万年先に進んでいたら、

そこにいるのは、本当に「生物」なのでしょうか?

 

例えば、

最初は私たちと同じような生物だった。

文明を作った。

AIを作った。

やがてAIが文明の大部分を担うようになった。

そして何十万年、何百万年と経った。

 

そのとき宇宙を飛び回っているのは、

その文明が作ったAIかもしれません。


生物よりAIの方が宇宙旅行に向いている?

これも想像ですが、

考えてみれば理屈はあります。

人間は宇宙旅行にはかなり面倒な生き物です。

 

酸素が必要。

水が必要。

食料が必要。

適切な温度が必要。

放射線にも弱い。

そして寿命があります。

 

ところが機械なら、

少なくとも人間と同じ条件をすべて必要とするとは限りません。

 

100年かかる旅でも、

1000年かかる旅でも、

その時間そのものを問題にしないシステムを作れる可能性があります。

 

そう考えると、

宇宙を探索する高度文明の「代表者」が、

生物ではなくAIになっていても、

それほど変な話ではない気がします。


実際、科学者は「文明の痕跡」も探している

現在の宇宙研究では、

単に生物そのものを探すだけではありません。

 

高度な文明が存在した場合に残すかもしれない、

「テクノシグネチャー」

と呼ばれる技術の痕跡を探す研究もあります。

 

例えば、

人工的な電波。

レーザー。

惑星の大気に残る人工的な化学物質。

恒星のエネルギーを大規模に利用する巨大構造物。

 

NASAもこうした可能性を、地球外知的生命を探す

科学的テーマとして扱っています。NASA Science

 

なんだか、

急にSFの話みたいになってきました(笑)。

 

でも、

「高度文明が存在するなら、何を残すだろう?」

と科学的に考える研究は実際に行われています。


それなのに、なぜ誰も見つからない?

ここで、

とても有名な疑問が出てきます。

宇宙には、ものすごい数の星と惑星がある。

宇宙の歴史も長い。

 

もし知的文明が珍しくないのなら、

私たちよりはるか昔に誕生した文明があってもよさそうです。

 

それなのに、

なぜ私たちは誰にも会っていないのでしょう?

 

これは一般に、

「フェルミのパラドックス」

として知られる問題につながります。

 

NASAも地球外生命を考える際の大きな問い

として紹介しています。NASA Science

 

考えられる理由はいくらでもあります。

生命そのものがものすごく珍しい。

知的生命まで進化するのが難しい。

文明は長続きしない。

距離が遠すぎる。

通信方法が違う。

私たちがまだ探し始めたばかり。

 

あるいは、

高度すぎて私たちには認識できない。

 

でも、今のところ答えはありません。


もしかすると文明には「壁」がある?

ここまで考えると、

少し怖い疑問も出てきます。

 

生命が生まれる。

文明を作る。

科学が発達する。

AIを作る。

その先まで文明が続くとは限りません。

戦争。

環境破壊。

資源問題。

巨大災害。

 

そして、

自分たちが作った技術を制御できなくなる可能性。

 

文明には、

どこかに越えるのが難しい壁があるのかもしれません。

 

だから宇宙が静かなのか?

これも、まだ誰にも分かりません。


でも、もっと面白い可能性もある

逆に考えてみます。

 

高度な文明は、

滅びるのではなく、

私たちには文明と認識できないものへ変化する

のかもしれません。

 

生物から機械へ。

肉体から情報へ。

惑星の上で暮らす文明から、

宇宙そのものへ広がる文明へ。

 

そうなった文明を、

今の人間が望遠鏡で見つけられるのでしょうか?

 

もしかすると、

私たちが、

「宇宙には誰もいないな」

と思っているだけで、

見つけ方そのものを知らない

可能性だってあります。

 

もちろん、

これも想像です。

でも、想像するだけならタダです(笑)。


ここまで来て、最初の話に戻ってきた

この連載の第1回は、

ものすごく身近な疑問から始まりました。

「AIが全部働いたら、人間は何をして生きるの?」

 

そこから、

仕事。

お金。

税金。

勉強。

便利さ。

暇。

生きがい。

未来の子ども。

古代文明。

 

そして、

とうとう宇宙まで来てしまいました(笑)。

 

でも、

全部つながっている気がします。

 

結局ずっと考えているのは、

一つのことなのかもしれません。

 

技術が進歩して、

AIが人間より多くのことをできるようになったとき、

人間とは何なのか?

ということです。

 

働く必要がない。

勉強する必要も今までとは違う。

生きるためにお金を稼ぐ必要さえ薄くなる。

 

そして、

知能を持つことすら、

人間だけの特別な能力ではなくなるかもしれない。

 

では、そんな世界で、

人間は何のために生きるのでしょう?

 

次回はいよいよ最終回。

 

第12回、

「そして人間は、何のために生きるのか?」

 

ここまで考えてきたことを、

最初の疑問に戻りながら考えてみたいと思います。

 

たぶん、明確な答えは出ません。

でも、もしかすると、

答えが出ないからこそ、人間は面白いのかもしれません。

【第12回へ続く】

全12回程度で考えていく連載、

「AIが全部やってくれたら、人間は何をする?」

 

今回は第10回です。

前回は、

「これから生まれる子どもは『便利になった』ことすら知らない」

という話をしました。

 

私たちは、携帯電話がなかった時代を知っています。

インターネットがなかった時代も知っています。

 

だから、

「便利になったな」

「すごい時代になったな」

と思うことができます。

 

でも、生まれたときからAIがいる子どもにとっては、

AIがいる世界が普通です。

 

その子たちが大人になる頃には、

今の私たちには想像できないような文明になっているかもしれません。

 

そこで前回の最後に、

ふと変なことを考えました。

人類が、

道具を作り、

文明を作り、

科学を発達させ、

コンピューターを作り、

そしてAIを作る。

 

もしこれが文明の発展の一つの流れだとしたら……

これって、本当に今回が初めてなのでしょうか?


私たちは「人類の歴史」をどこまで知っている?

学校で歴史を習います。

古代文明があり、

国ができ、

戦争があり、

産業革命があり、

電気が普及し、

自動車ができ、

コンピューターができ、

インターネットができ、

そしてAIが登場した。

 

こうして並べると、

文明が一本の線のように発展してきたように見えます。

 

でも、地球そのものの時間から考えると、

人間の文明は驚くほど短い。

地球の歴史は約46億年。

一方で、私たちが「文明」と呼んでいるものの歴史は、その中ではほんの一瞬です。

 

だからといって、

「昔にも高度文明があった」

という証拠になるわけではありません。

 

ただ、

46億年という時間を前にすると、私たちは本当にすべてを知っているのだろうか?

とは思ってしまいます。


海の底にある「与那国海底地形」

こういうことを考えていると、

以前から気になっていたものを思い出します。

 

沖縄県・与那国島の沖にある、

いわゆる**「与那国海底地形」**です。

 

写真を見ると、

巨大な階段のようにも見える。

平らな面があり、

直角のような形もある。

 

確かに初めて見ると、

「これ、本当に自然にできたの?」

と思ってしまいます。

 

実際、人の手が加わった遺構ではないかと考える研究者もいます。

一方で、地質学的な割れ目や侵食によってできた

自然地形と考える研究者もいます。

地質学者ロバート・ショックは現地を潜って調査したうえで、

全体としては自然形成とみる立場を示しつつ、

古代人が一部を利用・加工した可能性までは否定していません。

つまり「失われた超古代都市だ」と科学的に確定しているわけではありません。

National Geographic

 

ここは非常に大事です。

「分からない」ことと、「高度文明の証拠がある」ことは同じではありません。

 

でも私は、

こういうものを見るとワクワクしてしまいます(笑)。


ピラミッドを見ても同じことを思う

そして、もう一つ。

エジプトのピラミッドです。

 

何千年も前に、

巨大な石を運び、

積み上げ、

あれだけ巨大な建造物を造った。

 

写真では何度も見ていますが、

冷静に考えると、「よくこんなものを造ったな」

と思います。

 

すると、

「本当に当時の技術だけで造れたの?」

「もっと高度な文明があったのでは?」

という話も出てきます。

 

ただし、ここも分けて考える必要があります。

例えばクフ王時代の「メレルの日誌」と呼ばれる古代の記録には、

作業隊がトゥーラから石灰岩を船でクフ王のピラミッド複合体へ

運んでいたことが記されています。

 

つまり、

ピラミッドと当時のエジプト社会を結びつける具体的な証拠は存在します。

一方で、その記録がピラミッド建設のすべての工程を説明している

わけでもありません。National Geographic

 

だから、

「まだ分からない部分がある」

からといって、

「未知の超文明が造った」

とは言えません。

 

でも逆に、

まだ分かっていないことがある

というのも事実です。


「謎がある」と「何でもあり」は違う

こういう話は、

少し間違えると何でも説明できてしまいます。

分からない。

↓

だから古代超文明だ。

↓

だから宇宙人だ。

↓

だからAI文明だった。

これでは、ただの想像です(笑)。

 

私は今回、

そういう話をしたいわけではありません。

現在確認できる証拠では、

過去の地球に現代のような産業文明やAI文明が存在したことは確認されていません。

ここはきちんと押さえておきたいところです。

 

そのうえで、

「もし本当に何千万年も前に文明があったら、その痕跡は今でも残るのだろうか?」

という疑問があります。

 

実はこれ、

私のような素人だけが考える話でもないんです。


科学者も似たようなことを考えていた

2018年、NASAゴダード宇宙研究所のギャビン・シュミット氏と、

ロチェスター大学のアダム・フランク氏が、

「The Silurian Hypothesis(シルリアン仮説)」

という論文を発表しています。

 

内容をものすごく簡単に言えば、

「もし何百万年も前の地球に産業文明が存在していたとしたら、

現在の地質記録からそれを発見できるのか?」

という思考実験です。

 

重要なのは、

この論文が、「昔、高度文明が存在した」

と主張しているわけではないことです。

 

そうではなく、

「もし存在していたら、どんな痕跡が残るのか?」

「何百万年も経ったら、文明の痕跡はどれくらい消えてしまうのか?」

という問題を科学的に考えています。DOI

 

これを知ったとき、

私は、「そんなこと真面目に研究している人がいるんだ!」

と思いました(笑)。


都市は永遠には残らない

私たちは、

東京のような巨大都市を見ていると、

これだけのものが消えるとはなかなか想像できません。

 

高層ビル。

高速道路。

鉄道。

地下鉄。

巨大な工場。

でも、100万年。

1000万年。

1億年。

という単位になったらどうでしょう。

 

建物は崩れる。

鉄は腐食する。

土地は削られる。

土砂に埋まる。

海面も変わる。

プレート運動もある。

地球そのものが動いています。

 

人間から見れば、「永久に残りそう」

と思えるものでも、

地球の時間ではそうではないのかもしれません。

 

シルリアン仮説の論文でも、遠い過去の産業文明を考える場合、

都市そのものより、炭素同位体の変化や堆積物、合成物質などの

地質学的な痕跡をどう検出するかが中心になります。DOI


じゃあ、過去に文明があった可能性は?

ここが一番難しいところです。

「痕跡が消える可能性がある」

ことと、

「実際に文明が存在した」

ことは全く別です。

 

今のところ、

人類以前に現代のような産業文明があったことを示す確かな証拠はありません。

ですから、「昔にもAI文明があった!」とは言えません。

 

でも、

地球の歴史があまりにも長いことを考えると、

私はどうしても、

「今の私たちが最初で最後だと、本当に言い切れるのかな?」

という想像をしてしまいます。

 

証拠があるからではありません。

単純に、46億年という時間が、

人間の感覚ではあまりにも長すぎるからです。


そして地球だけを見る必要もない

さらに考えていくと、

もっと大きな問題にぶつかります。

仮に、地球では私たちが最初の技術文明だったとします。

 

では、

宇宙全体ではどうでしょう?

 

宇宙には、

私たちの太陽以外にも無数の恒星があります。

その周りには惑星があります。

 

そのどこかで生命が生まれ、

進化し、知能を持ち、

文明を作った可能性はないのでしょうか。

 

もし生命が、長い時間をかけて、

知能を持ち、文明を作り、

技術を発展させるのだとしたら……

 

その文明もいつか、

AIのようなものを作る

のでしょうか。

 

そう考えると、

この連載の最初に考えていた、

「AIが人間の仕事を奪ったらどうする?」

という話が、

 

いつの間にか、

「宇宙の文明はどこへ向かうのか?」

という話になってしまいました(笑)。

 

次回、第11回は、

「宇宙のどこかでも『生命→文明→AI』が起きている?」

について考えてみたいと思います。

 

地球で生命が生まれ、

人間が文明を作り、

そしてAIを生み出した。

 

この流れは、

宇宙で一度しか起きない奇跡なのでしょうか。

 

それとも、

条件がそろえば、

宇宙のどこかで何度も起きる流れなのでしょうか。

 

そして、もし遠い宇宙に私たちより何百万年も先を行く文明が存在するとしたら……

そこにいるのは、

果たして今でも「生物」なのでしょうか。

それとも――。

【第11回へ続く】

 

全12回程度で考えていく連載、

「AIが全部やってくれたら、人間は何をする?」

今回は第9回です。

 

前回は、

「何でもAIがやってくれる世界は、本当に楽しい?」

という話をしました。

 

AIに頼めば、

曲も作れる。

動画も作れる。

文章も書ける。

 

そして将来、それがもっと進化して、

「こんな曲を作って」

と言った瞬間に、自分好みの完璧な曲が完成する。

「映画を作って」

と言えば、数秒後には最高の映画が完成する。

 

そんな世界になったら、

確かにものすごく便利です。

 

でも、

完成するまでの試行錯誤までなくなってしまったら、本当に楽しいのだろうか?

そんなことを考えました。

 

ところが、ここで一つ大事なことに気づきました。

それを「便利すぎる」と感じるのは、

今の私たちだからではないでしょうか。


「昔は携帯電話がなかった」と言っても……

今から30年ほど前。

今のように誰もがスマートフォンを持っている時代ではありませんでした。

 

待ち合わせをして、相手が来ない。

今ならLINEで、「今どこ?」

と送れば終わりです。

 

でも昔は、それができない。

駅で待つ。

公衆電話を探す。

相手の家へ電話してみる。

もちろん本人が外出していたら出ません(笑)。

 

そして結局、

待つしかない。

 

今考えると、

「よくそれで生活していたな」

と思います。

でも当時は、

それが普通だったんですよね。


今の子どもにとってスマホは「すごい発明」ではない

私たちの世代は、

携帯電話が普及していく過程を知っています。

インターネットが広がっていく過程も知っています。

 

だから、

「便利になったな」と思える。

 

でも、生まれたときからスマホがある子どもに、

「昔は外から電話できなかったんだよ」

と言っても、

 

たぶん、

「へえ」

で終わります(笑)。

 

冷蔵庫や洗濯機だって同じです。

私たちは、

「冷蔵庫ってすごい発明だ!」

と思いながら毎朝扉を開けているわけではありません。

あって当然だからです。

つまり、

どんなに革命的な技術でも、最初から存在していれば、それはただの日常になる。


では「AIネイティブ」の子どもは?

これから生まれてくる子どもたちは、

生まれたときからAIがいる世代になるでしょう。

 

分からないことがあったら、

AIに聞く。

 

宿題で分からないところがあったら、

自分専用のAIが教えてくれる。

 

外国語の人と話したければ、

その場で翻訳してくれる。

 

絵を描きたければ、

言葉で説明すれば作ってくれる。

 

曲を作りたければ、

鼻歌からでも作れる。

 

行きたい場所を言えば、

AIが交通手段を調べて予定を組んでくれる。

 

もしかすると将来は、

車の運転すら、

「昔の人は自分でハンドルを握っていたらしいよ」

となるかもしれません。

 

未来の子どもからしたら、

「えっ、人間が運転してたの?危なくない?」

となるかもしれません(笑)。


私たちが「未来」と呼ぶ世界が、その子たちの「普通」

ここが面白いところです。

私たちは今、

「AIが仕事をする未来」

「自動運転の未来」

「ロボットが家事をする未来」

と呼んでいます。

 

でも、その世界が実現したあとに生まれた子どもにとって、

それは未来ではありません。

 

ただの、「今日」です。

 

朝起きたらAIがいる。

ロボットがいる。

自動運転がある。

必要なものは自動で届く。

それが普通。

だから、その子たちは、

「こんなに便利な時代になった!」

とは思わないでしょう。

 

なぜなら、

不便だった時代を知らないからです。


「ありがたみ」もなくなる?

そう考えると、

便利さというのは不思議です。

便利になった瞬間は感動します。

 

初めて携帯電話を持ったとき。

初めてインターネットを使ったとき。

初めてスマートフォンを使ったとき。

 

そして今、

初めてAIと普通に会話できるようになったとき。

「すごい時代になったな」

と思います。

 

でも、それが10年、20年と続けば、

やがて誰も感動しなくなる。

 

便利さは、

手に入れた瞬間には幸福でも、やがて「普通」に変わってしまう

のかもしれません。


じゃあ未来の子どもは不幸なのか?

ここで、

「昔の不便を知らないなんて、かわいそうだ」

と言いたいわけではありません。

 

たぶん、そんなことはないでしょう。

 

私たちだって、

江戸時代の生活を経験していません。

毎日井戸から水を運ぶ苦労を知らなくても、

それで人生がつまらなくなったわけではありません。

 

人間は、

その時代の「普通」の中で、新しい楽しみや悩みを作る

のだと思います。

 

AIが何でもやってくれるのが普通になれば、

その子たちは、

私たちには想像もできない別のことに夢中になるのかもしれません。


「AIを使わない」が遊びになる?

前回、

将来は、

「今日は一日AI禁止」

という遊びが流行るかもしれない、

という話を書きました。

 

考えてみると、

これはそんなに変な話ではない気がします。

 

今の私たちだって、

便利な家があるのにキャンプへ行きます。

ガスコンロがあるのに焚き火をする。

車があるのに山を歩く。

スーパーへ行けば食べ物があるのに釣りをする。

 

便利になればなるほど、

人間はわざわざ不便なことを楽しむようになります。

 

未来の子どもたちは、

AIを使わずに何かを作ることを、

特別な体験として楽しむのかもしれません。


でも、もっと不思議なのは「価値観」

そして、もう一つ気になります。

私たちは今、

勉強する。

働く。

お金を稼ぐ。

家を買う。

旅行する。

趣味を楽しむ。

そんな人生を当たり前のように考えています。

 

でもAIによって、

働く必要がなくなり、

生活に必要なものにも困らなくなったら、

これから生まれる子どもたちは、

 

そもそも、

「将来何になりたい?」

と聞かれても、

私たちとは全く違う答えをするかもしれません。

 

今なら、

医者になりたい。

先生になりたい。

会社を作りたい。

そんな「職業」で将来を語ることがあります。

 

でも仕事をAIがする時代なら、

「何になりたい?」ではなく、

「何をして生きたい?」

になるのかもしれません。


「役に立つこと」が人生の中心ではなくなる?

これまでの社会では、

何かができる人。

仕事ができる人。

社会の役に立つ人。

そういう人が評価されてきました。

 

それは当然です。

 

社会を維持するためには、

誰かが働かなければならなかったからです。

 

でも、

社会を維持する仕事の大部分をAIとロボットがやってくれるなら、

人間は、「役に立つために生きる」必要すらなくなる

のかもしれません。

 

絵を描く。

音楽をする。

友達と話す。

旅行する。

知らないことを調べる。

宇宙について考える。

 

別に何の役にも立たなくても、

「面白いからやる」

それでいい社会になる可能性もあります。


それは「進化」なのだろうか?

ここまで考えて、

また少し変なところにたどり着きました。

 

人間は長い時間をかけて、

道具を作り、

文明を作り、

科学を発達させ、

コンピューターを作り、

ついにはAIを作りました。

 

そしてAIによって、

人間自身が働かなくてもいい世界を作ろうとしている。

 

もしそれが文明の一つの到達点だとしたら、

ふと疑問が湧きます。

この流れって、今回が初めてなのでしょうか?

もちろん、

現在の科学で確認されている人類史の中に、

現代のようなAI文明が過去に存在した証拠があるわけではありません。

 

ただ、

地球は約46億年の歴史を持っています。

私たちが「文明の歴史」として実感している時間は、

その中ではほんの一瞬です。

 

すると、どうしても想像してしまいます。

 

私たちが知らないほど遠い昔に、

別の文明が栄え、発展し、

そして消えていったことは、

本当に絶対にないのでしょうか。

 

もちろんこれは、

今のところ想像の話です。

 

でも、AIの未来を考えていたはずなのに、

気がついたら、

「そもそも今の文明が最初なのか?」

というところまで来てしまいました(笑)。

 

次回、第10回は、

「今の文明が『最初』だと、なぜ言い切れる?」

について考えてみたいと思います。

 

海の底に残る不思議な地形。

何千年も前に造られた巨大建造物。

そして、地球の途方もなく長い歴史。

 

分かっていることと、

まだ分からないことを分けながら、

少し想像を広げてみたいと思います。

【第10回へ続く】