【第8回】竹内元県議の死と「逮捕予定」情報―
―その情報はどこから来たのか
前回、2024年の兵庫県知事選挙までを追った。
9月19日。
兵庫県議会は斎藤元彦知事への不信任決議を、
86対0の全会一致
で可決した。
斎藤氏は失職。
そして11月17日の出直し知事選挙で、
1,113,911票
を獲得して再選した。
県議会では86人全員から不信任を突きつけられた知事が、
約2か月後、県民による選挙で再び知事になる。
前回は、
この大きな「ねじれ」までを書いた。
しかし――その翌日。
また一つ、
兵庫県政をめぐる大きな出来事が起きる。
■ 再選の翌日、竹内英明県議が辞職した
2024年11月18日。
兵庫県議会議員の、
竹内英明氏。
百条委員会の委員として、
斎藤知事や県幹部への追及を行ってきた人物である。
その竹内氏が突然、
県議会議長へ辞職願を提出した。
同日、辞職が認められた。
正式な辞職理由は、「一身上の都合」だった。 神戸新聞
私は最初、この日付を見て驚いた。
斎藤氏が再選したのが、11月17日。
竹内氏の辞職は、
その翌日の11月18日。
あまりにも近い。
当然、「なぜ?」と思う。
■ 辞職の背景として語られたもの
当時の報道を見ると、もう少し事情が見えてくる。
竹内氏が所属していた会派「ひょうご県民連合」の幹事長は、
知事選をめぐって竹内氏に対するインターネット上の
誹謗中傷が過熱していたと説明している。
そして知事選に立候補していた立花孝志氏は、
竹内氏を斎藤知事失職の「黒幕」などとして批判。
さらにSNS上で、
竹内氏の自宅へ行くという趣旨の予告もしていた。
会派側によれば、
竹内氏は、自宅や周辺、家族の生活が脅かされることを心配していた
という。 神戸新聞
ここは重要だと思う。
「再選翌日に辞職した」という事実だけから、
何か別の事情があったと推測することはできない。
少なくとも公に確認できる資料では、
辞職の背景としてまず出てくるのは、
本人や家族にまで及ぶSNS上の攻撃への懸念
なのである。
■ 「黒幕」という言葉
なぜ竹内氏が、
そこまで激しい批判を受けるようになったのか。
知事選の期間中、竹内氏を含む複数の百条委員を、
斎藤知事を失職させようとした「黒幕」とする趣旨の
文書が立花氏側へ渡っていた。
その文書に関して、
後に兵庫維新の会の岸口実県議が関与を認める。
岸口氏は後に、内容について、
「噂レベル」
だったという趣旨の説明をしている。
さらに別件では、
増山誠県議が百条委員会の秘密会音声を立花氏へ
渡していたことも認めた。 神戸新聞
ここで、
第6回で書いた話とつながる。
百条委員会では、情報の公開範囲が慎重に議論されていた。
ところがその一方で、
委員会周辺から情報が立花氏側へ流れていた。
そしてその情報の一部が、
YouTubeやSNSを通じて、
一気に社会へ拡散していった。
■ ただし、ここも分けなければならない
だからといって、
「立花氏へ渡った情報はすべて虚偽だった」
とも言えない。
逆に、
「県議から渡った情報だから正しい」
とも言えない。
音声のように、
実際に存在する資料もある。
一方で、「黒幕」とする文書のように、
後に作成に関与した側から「噂レベル」と説明された情報もある。 神戸新聞
ここが、
この兵庫県問題を調べていて非常に難しいところだ。
本物の情報と、未確認情報と、評価や推測が混ざって流れていく。
そしてSNSでは、その区別が消えてしまう。
■ そして2か月後
2025年1月18日。
竹内英明氏は、
50歳で亡くなった。
家族が自宅で倒れている竹内氏を発見し、
搬送先の病院で死亡が確認された。
報道では、
自死とみられるとされている。 神戸新聞
ここについて、
私はこれ以上の推測をしない。
知事選。
SNSでの誹謗中傷。
議員辞職。
家庭の事情。
本人の心身の状態。
そのどれか一つを取り出して、
「これが原因だった」
と外部の人間が断定できる話ではないと思うからだ。
ただ、辞職後も竹内氏への誹謗中傷が続いていたことは、
当時の会派や家族などの証言から確認できる。 神戸新聞
■ ところが、亡くなった翌日に別の情報が流れる
ここから、
今回私が一番引っ掛かった部分に入る。
竹内氏が亡くなった翌日。
2025年1月19日。
立花孝志氏が動画などで、
竹内氏について、
「逮捕される予定だった」
という趣旨の情報を発信した。
さらに、
兵庫県警から継続的に任意の取り調べを受けていた、
という趣旨の発信も行った。 神戸新聞
これがSNSで一気に拡散した。
そして、こんな見方まで広がる。
「逮捕されることが分かっていたから亡くなったのではないか」
しかし――。
その翌日、
極めて異例のことが起きる。
■ 兵庫県警本部長が自ら否定した
2025年1月20日。
兵庫県議会の警察常任委員会。
当時の兵庫県警本部長、
村井紀之氏
がこの問題について答弁した。
警察は通常、個別の捜査について、
捜査している、
していない、
誰を調べている、
などという話を公にはしない。
ところがこの時、
村井本部長はあえて口を開いた。
立花氏の発信について、
「全くの事実無根」
と明確に否定。
さらに、
明白な虚偽がSNSで拡散していることについて、
極めて遺憾だと述べた。 神戸新聞
そして竹内氏について、
被疑者として任意の調べをしたこともなく、逮捕する予定もなかった
という趣旨を説明した。
ここまで警察トップが明確に否定するのは、かなり珍しい。
■ ただし「一度も事情を聞いていない」とまでは言っていない
ここも、正確に書いておきたい。
村井本部長が否定したのは、
竹内氏を、
「被疑者として」任意に取り調べていた
という話と、
逮捕する予定だった
という話である。 神戸新聞
したがって、この発言だけから、
「警察が竹内氏から一度も話を聞いたことがない」
とまでは断定できない。
事件や問題について、
参考人や関係者として話を聞くことと、
被疑者として取り調べることは違うからだ。
私が調べた範囲では、竹内氏が参考人などとして警察から事情を
聞かれていたことを確実に裏付ける公的資料も確認できなかった。
だからここは、
分からないものは分からないままにしておく。
ただし、「逮捕予定だった」
という情報については、
兵庫県警トップが明確に否定した。
ここは動かない。
■ では「逮捕予定」という情報は、どこから来たのか
当然、次の疑問が出てくる。
立花氏は、なぜ「逮捕予定だった」と発信したのだろう。
誰かから聞いたのか。
何かの情報を誤解したのか。
複数の情報をつなぎ合わせたのか。
あるいは別の経緯があったのか。
ここについて、
私は現時点で確定できる一次資料を見つけられなかった。
だから、
情報源を断定することはできない。
ここは非常に重要だと思う。
兵庫県問題では、
「誰々がこう言ったらしい」
という情報が、
いつの間にか、
「それが事実だ」
に変わってしまうことが何度も起きている。
今回も同じことをしてはいけない。
■ そして後に、これは刑事事件になる
話は、ここで終わらなかった。
2025年8月。
竹内氏の妻は、
立花氏を名誉毀損の疑いで刑事告訴した。
告訴では、
生前の竹内氏についての発言だけでなく、
死後に発信された、
「明日逮捕される予定だった」
などの発言も問題とされた。 朝日新聞
そして2025年11月9日。
兵庫県警は立花孝志氏を、
竹内氏に対する名誉毀損の疑いで逮捕する。 神戸新聞
第4回で登場した、
NHKと戦ってきた立花孝志氏。
兵庫県知事選に立候補し、
既存メディアとは違う情報を大量に発信した人物。
その立花氏が、今度は、
自分が発信した情報を理由として逮捕される。
ここで物語は、また大きく方向を変える。
■ 私が気になったのは「情報の流れ」だった
今回調べていて、
私は改めて第6回を思い出した。
百条委員会では、
プライバシーを理由に扱わない情報があった。
一方で、秘密会の音声が立花氏へ渡った。
「黒幕」とする文書も渡った。
記者と県議の間にも取材上の情報交換があったことが
後に報じられている。
竹内氏自身も複数の記者と連絡を取り、
週刊文春は生前のLINEのやり取りを公表している。 神戸新聞
これは、
それ自体が不正だったという意味ではない。
政治家と記者が情報交換することは普通にある。
しかし兵庫県問題では、
県庁。
県議会。
百条委員会。
記者。
YouTuber。
政治家。
SNS。
いくつもの情報経路が、
複雑に交差していた。
そして、
情報の出所が分からなくなったまま、内容だけが社会へ広がっていく。
これが、この問題の大きな特徴だったように思う。
■ 「警察が言ったらしい」が「逮捕予定だった」に変わる怖さ
例えば、
誰かが、
「警察が何か調べているらしい」
と話したとする。
別の人へ渡る時、
「警察が本人を調べているらしい」
になる。
さらに別の人へ渡る時、
「警察が取り調べている」
になる。
最後には、
「明日逮捕される」
になるかもしれない。
もちろん、
今回実際にそういう伝言ゲームが起きたと確認されたわけではない。
これはあくまで例である。
しかしSNS時代では、
情報の確度より、情報の強さの方が拡散力を持ってしまう。
「捜査しているかもしれない」
より、
「明日逮捕される」
の方が圧倒的に拡散される。
そして一度拡散すると、警察本部長が翌日に否定しても、
最初の情報だけを見た人には訂正が届かない。
■ これは既存メディア対SNSという単純な話でもない
第7回で私は、
テレビだけではない選挙が始まった、
と書いた。
SNSによって、既存メディアが伝えない情報を、
一般の人が直接見ることができる。
これは間違いなく大きな変化だと思う。
しかし今回の件を見ると、
もう一つの問題も見えてくる。
SNSには、新聞社のような編集部もない。
テレビ局のような確認作業も必須ではない。
誰でも、情報を発信できる。
それは自由であると同時に、
間違った情報も一瞬で数十万人へ届けられる
ということでもある。
ただし、だから既存メディアだけを信じればいい、
という話にも私はしたくない。
既存メディアにも、誤報はある。
報道しないという判断もある。
情報源との関係もある。
重要なのは、
誰が言ったかではなく、何を根拠に言っているのか。
結局そこへ戻るのだと思う。
■ そして私は、もう一つ引っ掛かった
立花氏の、「逮捕予定だった」という発言。
兵庫県警本部長は、明確に否定した。
その後、竹内氏の妻が刑事告訴。
そして立花氏は逮捕される。
ここまでなら、
「虚偽情報を発信した人物が逮捕された」
という話で終わるのかもしれない。
しかし――。
私は次の数字を見て、また止まった。
10か月。
立花孝志氏は、
2025年11月9日に逮捕された。
そして2026年9月になっても、
勾留が続いていた。
しかも、
初公判すらまだ開かれていなかった。
もちろん、
名誉毀損だから何を言ってもいいわけではない。
亡くなった人について、
虚偽の事実を拡散することが許されるわけでもない。
しかし、
発言をめぐる名誉毀損事件で、
裁判が始まる前に、
10か月近く身体を拘束する。
これは、
いったいどういうことなのだろう。
立花氏の発言が違法だったのか。
それと、
裁判前に長期間拘束する必要があったのか。
この二つは、
別の問題ではないのか。
NHKから始まったこの連載は、
兵庫県政へ行き、
百条委員会へ行き、
選挙へ行き、
SNSへ行き、
そしてついに、
日本の刑事司法制度
へたどり着くことになる。
次回は、
立花氏を擁護するためでも、
批判するためでもなく、
一つの疑問を調べたい。
名誉毀損事件で、なぜ裁判が始まる前にこれほど長く拘束できるのか。
次回
【第9回】名誉毀損で10か月――立花孝志の長期勾留と「人質司法」を考える
