【第6回】百条委員会は何を調べ、何を調べなかったのか―
―封じられた「公用パソコン」の中身
前回、兵庫県の告発文書問題を最初から追ってみた。
2024年3月12日。
元西播磨県民局長の渡瀬康英氏が、斎藤元彦知事らに関する
7項目の疑惑を記した文書を外部へ送付した。
県は作成者を特定。
渡瀬氏が使用していた公用パソコンを引き上げ、調査を行う。
そして5月7日。
渡瀬氏は停職3か月の懲戒処分を受けた。
しかし、
「告発された側である県が、自ら告発者を調べて処分していいのか」
という疑問が強まり、
6月13日、兵庫県議会に百条委員会が設置された。
ここまでは前回書いた。
今回は、その百条委員会そのものを見てみたい。
私が知りたかったのは単純だ。
百条委員会は何を調べたのか。
そして、
何を調べなかったのか。
■ そもそも百条委員会とは何だったのか
正式名称は、
「文書問題調査特別委員会」
地方自治法100条などに基づいて設置された、強い調査権限を持つ委員会である。
委員長を務めたのは、
奥谷謙一県議。
15人の県議で構成され、告発文書に記載された疑惑や県の対応について、
証人尋問や資料提出などを通じて調査していった。
普通の議会質問とは違う。
証人には出頭や証言を求めることができ、虚偽の証言などには罰則が生じる場合もある。
いわば、
県議会が事実関係を徹底的に調べるために設置した特別な調査機関
だった。
だからこそ私は思う。
そこまで強い権限を持つ委員会なら、
できる限り多くの資料を確認したうえで判断するものではないのか。
ところが調べていくと、一つ大きな問題にぶつかる。
渡瀬氏が使用していた、公用パソコンである。
■ 公用パソコンから何が見つかったのか
2024年3月25日。
片山安孝元副知事らが西播磨県民局を訪れ、
渡瀬氏への事情聴取を行うとともに、公用パソコンを引き上げた。
県側の説明によれば、そこから告発文書のデータなどとともに、
懲戒処分につながる資料が見つかった。
県が後に説明した懲戒処分理由は4つあった。
1.告発文書の作成・配布。
2.人事データ専用端末の不正利用。
3.職務専念義務違反。
4.そしてハラスメント行為。
つまり公用パソコンの調査は、
渡瀬氏を懲戒処分する過程そのものと深く関係していた。
ところがパソコンの中には、
告発文書とは直接関係しない、
渡瀬氏の私的な文書も保存されていた。
ここから話が複雑になる。
■ 「公用PC」と「私的情報」
ここは慎重に考えたい。
パソコン自体は兵庫県の所有物である。
だから、
「公用PCだから中身は全部公開していい」
という話にはならない。
公用PCの中にも個人情報やプライバシーは存在する。
まして本人はその後亡くなっている。
家族もいる。
百条委員会がプライバシーに配慮するのは当然だと思う。
しかし一方で、その公用PCの中身を県側が調査し、
その調査結果の一部を懲戒処分の根拠としている。
ここで私は一つ疑問を持った。
公開しない。
これは分かる。
しかし、
調査する側まで確認しなくていいのだろうか。
この二つは同じ話ではないはずだ。
■ 2024年10月25日、片山元副知事が証言する
この問題が表面化したのが、
2024年10月25日の百条委員会だった。
この日の証人尋問は非公開、いわゆる秘密会として行われた。
当時は兵庫県知事選挙の直前。
百条委員会は選挙への影響を考慮し、
10月24日、25日の証人尋問を非公開とした。
証人として呼ばれた一人が、
片山安孝元副知事。
片山氏は、3月25日に渡瀬氏の公用PCを引き上げた際の
中心人物の一人である。
つまり、実際にPCを調べた側の当事者だった。
その片山氏が証言の途中で、公用PCに保存されていた
私的文書について話そうとした。
ところが、
奥谷委員長が発言を制止した。
後に、この時の音声が外部に流出する。
■ なぜ奥谷委員長は止めたのか
この場面だけを見ると、
「都合の悪いことを言わせなかったのではないか」
と感じる人もいるだろう。
しかし、奥谷委員長側にも明確な理由がある。
百条委員会は、
渡瀬氏の私的な生活を調査するための委員会ではない。
調べるのは告発文書に書かれた疑惑と、それに対する県の対応である。
さらに渡瀬氏は亡くなる前、百条委員会の調査に協力する意思を示す一方で、
プライバシーに配慮するよう強く求めていたと報じられている。
そのため委員会は、
告発文書の真偽を解明する調査とは関係のない私的情報は取り扱わない
という方針を取っていた。
この判断自体には十分理解できる部分がある。
亡くなった人の私生活を、
政治的な調査の場で必要以上に暴露するべきではない。
私もそう思う。
しかし――。
ここで終わりにすると、
もう一つの問題が残る。
■ 片山元副知事は「なぜ話そうとしたのか」
この点については、
後に片山氏本人が説明している。
2024年12月25日の公開された証人尋問で、委員から、
なぜ10月25日に私的情報まで話そうとしたのか、
と質問された。
片山氏は、
私的なプライバシーを暴露しようとしたのではない
という趣旨で反論した。
自分が説明しようとしていたのは、
公用PCに何が入っていたのか。
そして、
それが渡瀬氏への懲戒処分とどう関係していたのか。
つまり、
懲戒処分の理由を説明するために必要だった
というのである。
これに対して奥谷委員長は、
非常に重要な説明をしている。
百条委員会では、
懲戒処分そのものの妥当性は審査対象ではない。
調べているのは、
処分に至るまでの手続き。
そういう趣旨だった。
私はここで、
「あれ?」
と思った。
■ 「処分の妥当性」と「処分までの手続き」は切り離せるのか
もちろん法律的、議会手続き的には、
調査対象を限定する必要があるのだろう。
何でも調べればいいわけではない。
しかし一般人の感覚で考えてみたい。
県は渡瀬氏を停職3か月にした。
その処分について、
「公益通報者に対する不利益な処分だったのではないか」
という疑問が出た。
だから百条委員会が県の対応を調べる。
それなら、県が何を根拠として処分したのか
を確認しなければ、処分までの手続きが
適切だったのか判断できるのだろうか。
ここが私にはどうしても引っ掛かる。
例えば会社員が懲戒処分を受けたとする。
その処分の手続きが正しかったか調べるのに、
「処分の根拠となった資料の中身は見ません」
と言われたら、
本当に調査できるのだろうか。
もちろん、
私的情報を一般公開する必要はない。
黒塗りでもいい。
委員長だけでもいい。
弁護士など限られた第三者だけでもいい。
方法はいろいろ考えられる。
しかし、
「公開しない」と「確認しない」は全く違う。
私はここを分けて考える必要があると思う。
■ 百条委員会は私的情報を「調査対象外」とした
実際、百条委員会は、元県民局長の私的情報について、
告発文書の真偽を解明する調査とは関係がないとして
取り扱わない方針を決めていた。
これは一つの調査方針である。
そして後に百条委員会は、
告発文書に記された疑惑や公益通報への県の対応について
最終的な報告書をまとめた。
2025年3月4日に公表された報告書では、
県による一連の対応について、
「客観性、公平性を欠いており、行政機関の対応として大きな問題があった」
と総括。
告発文書についても、
「事実無根」ではなく複数の項目で一定の事実が確認されたとした。
さらに外部公益通報に当たる可能性が高く、県の対応について
公益通報者保護法違反の可能性を指摘した。
これは百条委員会が長期間調査した結果である。
ただし、
だからといって、
調査方法そのものに疑問を持ってはいけないわけではない。
結論と調査手法は別の問題だからだ。
■ そして秘密会の音声が外へ出た
さらに事態を複雑にした出来事がある。
先ほどの2024年10月25日の証人尋問は、
秘密会だった。
ところが、その音声データが外部へ流出した。
そして後に、百条委員だった増山誠県議が、
自分が立花孝志氏に音声データを渡した
と認める。
増山氏によれば、県民が多くの事実を知ったうえで
選挙に臨むべきだと考えたという。
一方で、
委員会のルールを破ったことについては謝罪している。
ここでも、
また不思議な構図が生まれる。
百条委員会は、
「知事選に影響を与えないため」
として証人尋問を秘密会にした。
しかし、
その百条委員会の委員自身が、知事選の期間中に情報を外へ出していた。
もちろん、
これは百条委員会全体が意図的に情報を流したという意味ではない。
増山氏個人の行為である。
そこは分けなければならない。
しかし結果として、
非公開だったはずの情報が選挙期間中に立花孝志氏へ渡った。
そして立花氏は、
街頭演説やSNS、動画などでその情報を発信する。
第4回で登場した立花孝志氏が、
ここで再び物語の中心へ入ってくる。
■ 私的情報は別のルートでも県議へ伝わっていた
さらに調べると、元県民局長の私的情報は、
百条委員会の秘密会とは別のところでも動いていた。
複数の県議が、
2024年4月ごろ、
当時の県総務部長から元県民局長の私的情報を見せられたり、
説明を受けたりしたと百条委員会で証言している。
つまり、一方では、
「プライバシーだから百条委員会では扱わない」
という判断がある。
その一方で、
県庁内部では、その私的情報を県議に見せたという証言が出ている。
そして別のルートでは、
百条委員会の秘密会音声が立花氏へ流出する。
情報を守ろうとする動きと、
情報が外へ出ていく動きが、
同時に存在していたのである。
ここから兵庫県問題は、
単なる「パワハラ疑惑」だけではなく、
誰が、いつ、どの情報を持っていたのか
という情報管理の問題へ変わっていく。
■ 私が知りたいのは「中身」ではない
ここは誤解されたくないので、はっきり書いておきたい。
私は、
渡瀬氏の私的な文書を公開しろ、
と言いたいわけではない。
私生活を暴くことにも興味はない。
私が知りたいのは、
調査する側が必要な資料を確認したうえで判断したのか
という一点である。
プライバシーだから公開しない。
それは分かる。
しかし、
プライバシーだから調査主体も見ない。
もしそうだったとすれば、
その状態で懲戒処分に至る県側の対応を十分に評価できたのか。
ここには議論の余地があると思う。
そして逆に、
もし委員長や一部の委員が内容を確認していたのであれば、
誰が、どこまで確認し、どのような基準で「調査対象外」と判断したのか。
そこを明確にすればいい。
大事なのは、
私的情報そのものではない。
調査のプロセスである。
■ 百条委員会は「真実を全部明らかにする場所」ではなかった
今回調べてみて、
私は百条委員会に対する見方が少し変わった。
私は最初、百条委員会とは、
「事件に関係するものを全部調べて真相を明らかにする場所」
だと思っていた。
しかし実際には違う。
委員会には、調査対象の範囲がある。
プライバシーへの配慮もある。
政治的な影響への配慮もある。
そして何を調べ、何を調べないかという判断もある。
だからこそ、
百条委員会の報告書を読むときには、
結論だけを見るのではなく、
その結論を出すために何を調べたのか
を見る必要があるのだと思う。
そして、
何を調べなかったのか。
そこも同じくらい重要なのではないだろうか。
■ ところが、もっと大きな疑問が残っていた
百条委員会は2024年6月に設置された。
調査は続いていた。
片山元副知事への証人尋問も続く。
公益通報の問題もまだ結論が出ていない。
パワハラ疑惑についても調査中だった。
最終報告書がまとまるのは、2025年3月。
ところが――。
その半年も前の、2024年9月19日。
兵庫県議会は、斎藤元彦知事に対する不信任決議を、
全会一致で可決する。
百条委員会の最終結論は、まだ出ていない。
それでも県議会は、
知事を失職に向かわせるほど重い政治判断をした。
もちろん、法律上、百条委員会の最終報告を待たなければ
不信任決議ができないわけではない。
しかし私は、また一つ疑問を持った。
では、何のために百条委員会を設置したのだろう。
徹底的に調べるためではなかったのか。
調査結果が出る前に、
なぜ県議会はそこまで大きな判断をしたのか。
そして失職した斎藤知事は、
県民の判断を仰ぐため、
再び選挙へ出る。
そこで起きたことは、
さらに予想外だった。
斎藤元彦氏は再選する。
百条委員会。
県議会。
マスメディア。
SNS。
そして立花孝志。
それぞれが全く違う情報を県民へ届ける中で、
選挙結果は、県議会が下した判断とは違う方向へ動いた。
次回は、
この最大のねじれを調べてみたい。
次回
【第7回】結論が出る前に知事は失職した――百条委員会の途中で、なぜ不信任決議は可決されたのか
