「ビールは減税。一方、発泡酒と第三のビールは増税になります」
テレビからそんなニュースが流れてきた。
私は家ではほとんどお酒を飲まない。
だから正直、それほど興味もなかった。
ただ、なんとなく引っかかった。
「ビールより安い商品を作るために、メーカーは発泡酒や
第三のビールを一生懸命開発してきたんじゃないの?」
「それが売れたら、今度はそっちの税金を上げるの?」
「企業努力を水の泡にするようなことを、国はするんだな……」
そんな印象を持っていた。
テレビでは、
「売れていないビールの税金を下げて、売れている発泡酒や
第三のビールの税金を上げる。いわゆるステルス増税だ」
という趣旨のコメントまで耳にした。
なるほど。
そういうことなのか。
私は、ほとんど疑うことなく受け入れていた。
ところが、ふと気になって調べ始めた。
すると、私が思い描いていた話とは、かなり違う景色が見えてきた。
本当は「増税」ではなく「税率の一本化」だった
2026年10月1日。
ビール系飲料の酒税が、350mlあたり54.25円に一本化された。
これまで税率が違っていた、
・ビール
・発泡酒
・いわゆる第三のビール(新ジャンル)
の税率を最終的に同じにしたのである。
だから当然、これまで54.25円より税金が高かったビールは減税になる。
逆に、それより税金が安かった発泡酒や第三のビールは増税になる。
ここだけを切り取れば、
「ビール減税、発泡酒・第三のビール増税」
は間違っていない。
事実である。
しかし、これだけ聞くのと、
「バラバラだったビール系飲料の酒税を54.25円に統一する」
と聞くのでは、受ける印象がまるで違う。
しかも、今年突然決まった話ではなかった
ここで私は、もう一つ大きな勘違いをしていた。
2026年10月から変わるのだから、てっきり最近の政府が
決めたものだと思っていたのである。
違った。
この仕組みが決められたのは2017年度の税制改正。
当時は安倍晋三政権である。
しかも、
「2026年になったら、その時に考えましょう」
という話でもなかった。
最初から長期間をかけて段階的に税率を変更する
仕組みが決められていた。
2020年10月、第1段階。
2023年10月、第2段階。
そして2026年10月、第3段階。
実に9年近くをかけて、少しずつ税率差を縮めてきた。
そして今年、ついに一本化が完了したのである。
急激に税負担が変わらないよう、段階的に変更してきた制度だった。
私はそんなことを全く知らなかった。
そもそも、なぜ発泡酒や第三のビールが生まれたのか
ここを調べていくと、さらに面白かった。
昔から日本ではビールの酒税が高かった。
そこでメーカーは考えた。
「それなら、税金の安い分類でビールに近い味を作れないか?」
こうして1990年代に発泡酒市場が大きく成長していった。
麦芽の使用割合などを工夫し、法律上の「ビール」ではない商品を作る。
安い。
しかも美味しい。
当然、売れた。
ところが、その後、発泡酒の税負担も引き上げられていく。
するとメーカーは、さらに考えた。
「それなら、もっと違う原料や製法で作れないか?」
そして登場したのが、いわゆる「第三のビール」だった。
メーカーの執念とも言える。
税制が変われば、新しい商品を開発する。
その商品が売れる。
また制度が変わる。
すると、また新しい商品を生み出す。
国とメーカーの長い「いたちごっこ」が続いてきたのである。
「企業努力を国が潰した」と思った。でも少し違った
私は最初、
「メーカーが努力して安い商品を開発したのに、売れたら国が税金を上げる。
企業努力を無駄にするのか?」と思った。
歴史を見ると、そう感じる部分があるのも確かだ。
しかし、さらに調べると別の見方もできる。
国側には、
「似たような酒なのに、原料や製法によって税金が大きく違う。
その税率差そのものがメーカーの商品開発や消費者の商品選択を
左右してしまっている」
という問題意識があった。
だったら、最終的には同じ税率にしよう。
それが今回の一本化だったのである。
つまり、
「売れている発泡酒からもっと税金を取ろう」
という単純な話ではなかった。
本当に「ステルス増税」なのか計算してみた
ここが一番気になった。
もし本当に、
「売れていないビールだけ減税して、たくさん売れている
発泡酒や第三のビールを増税する」
のであれば、全体では税収が増える可能性がある。
そこで直近の販売構成比を使って、単純計算してみた。
2025年6月の缶市場では、おおむね、
ビール 45%
新ジャンル 33%
発泡酒 22%
という構成だった。
100本売れたと仮定して、2026年9月までの
税率を当てはめると、酒税は約5,435円。
10月以降は全部54.25円なので、
54.25円×100本=5,425円。
ほとんど変わらない。
むしろ、この単純計算では約10円少なくなる。
もちろん販売数量や商品構成は常に変化するため、
これだけで実際の税収を断定することはできない。
しかし少なくとも、
「売れている安い酒を狙い撃ちして、こっそり税収を増やした」
という単純な説明だけでは、実態を十分に説明できないことが分かった。
そして金麦が「ビール」になる
最近、テレビCMを見ていて気になる言葉があった。
「金麦は、ビールへ。」
なぜ今さら?
と思っていた。
しかし、今回の話を知ると全部つながった。
これまでは「ビールではないこと」に税制上のメリットがあった。
ところが税率が同じになれば、そのメリットがなくなる。
だったら、本物のビールとして作ればいい。
約30年間、発泡酒や第三のビールを作るために磨いてきた技術が
消えてしまうわけではない。
その技術を今度は「ビール」に持ち込めばいい。
そう考えると、
「発泡酒や第三のビールの時代が終わった」
というより、
一つの時代が役割を終えて、次の時代に技術を引き継いだ
と考えた方がいいのかもしれない。
同じ事実なのに、言い方だけでこれほど印象が変わる
今回、私が一番考えさせられたのは税金そのものではなかった。
情報の伝え方だった。
例えば、
「10月からビールは減税、発泡酒と第三のビールは増税です」
これは嘘ではない。
しかし、
「2017年に決められ、9年近くかけて段階的に進めてきた
ビール系飲料の酒税一本化が、10月1日に完了します。
その結果、ビールは減税、発泡酒と第三のビールは増税となります」
これも同じ事実である。
でも、受ける印象は全く違う。
もし私がニュース原稿を書くなら、こう伝えたい。
「10月1日からビール系飲料の酒税が統一されます。
この制度は2017年度、安倍政権時代の税制改正で決定されたもので、
急激な負担変動を避けるため段階的に税率を変更してきました。
そして2026年10月1日、最終段階として税率が一本化されました。
その結果、ビールは減税、発泡酒や第三のビールは増税となります。」
これなら、視聴者はまず制度全体を理解した上で判断できる。
嘘を言わなくても、印象は作れる
これは怖いことだと思った。
「嘘を言っているか、言っていないか」だけではない。
何を最初に伝えるのか。
どの部分を強調するのか。
何を見出しにするのか。
そして、
何を伝えないのか。
それだけで、人が受ける印象は大きく変わる。
今回の私自身がそうだった。
家で酒を飲まないから、自分にはあまり関係のないニュースだった。
だから深く考えなかった。
「また税金を上げるのか」
「企業が努力して安い商品を作っても、国が後から税金を上げるのか」
「政府は国民に嫌がらせでもしたいのか」
そんな漠然とした印象だけが残っていた。
そして、もし今回たまたま疑問を持たなければ、おそらくずっとそのままだった。
「誰が言ったか」より「元はどうなっているのか」
もちろん、だからといって、
「テレビは信用できない」
という話にしたいわけではない。
ネットだって同じだ。
刺激的なタイトル。
切り抜き動画。
都合のいい数字。
怒った表情のサムネイル。
SNSにはSNSの「印象の作り方」がある。
だから結局、大事なのは、
テレビを信じるか。
ネットを信じるか。
ではないのだと思う。
「本当にそうなのか?」
と思った時に、もう一段だけ深く調べてみること。
制度なら、いつ決まったのか。
誰が決めたのか。
今回初めて決まったのか。
昔決めたものが今回施行されただけなのか。
数字なら、分母は何なのか。
比較対象は何なのか。
そこまで見るだけで、景色がガラッと変わることがある。
今回の酒税改正は、私にとってまさにそれだった。
最後に
最初は、
「売れている発泡酒や第三のビールから税金を取るための増税」
だと思っていた。
ところが調べてみたら、
約9年前から決められていた、ビール系飲料の酒税一本化の最終段階
だった。
そしてさらに30年ほど遡れば、
高いビール税に対抗するためメーカーが発泡酒を生み、
制度が変われば第三のビールを生み、
その過程で日本独自の醸造技術が磨かれてきた歴史まで見えてきた。
たった一つのニュースでも、少し深掘りするとここまで景色が変わる。
だから私は今回、改めて思った。
ニュースを疑え、ではない。
ニュースだけで結論を出すな、なのだ。
事実は一つでも、切り取り方によって見える景色は変わる。
そして今は、少し手間をかければ、その先にある一次情報まで
自分で確かめられる時代になった。
「へえ、そうなんだ」で終わらせず、
たまには、
「本当にそうなの?」
と、一歩だけ踏み込んでみる。
それだけで、昨日まで「真実」だと思っていたものが、
実は「一つの見せ方」に過ぎなかったと気づくことがある。
今回の酒税改正は、私にとってそんなニュースだった。





