最近のAIの進化を見ていると、「便利になった」という言葉だけでは
収まらないところまで来ているように感じます。

 

文章を作る。画像を加工する。動画を編集する。契約書を確認する。
スケジュールを管理する。さらには、希望を伝えれば簡単なアプリまで作ってくれる。

 

今はまだ用途ごとに別々のAIを使っていますが、
そのうち「画像も動画も編集もシナリオも契約書もアプリもスケジュールも、
全部やってくれるAIを作って」とAIに頼めば、本当に作れてしまうのではないでしょうか。

 

そう考えているうちに、ふと疑問が湧きました。

 

そこまでAIが何でもできるようになったら、人間の仕事はどうなるのでしょうか。

働きたくても働けない人が増えるかもしれない

これまで失業すると、「仕事を選ばなければ何かある」「新しい技能を身につければよい」

と言われてきました。

 

しかし、AIによる失業は少し性質が違います。

 

本人に働く意思も能力もあるのに、

企業から「その仕事はAIがやってくれるので、人を雇う必要がありません」と

言われてしまう可能性があるからです。

 

企業から見れば、AIには大きな利点があります。

  • 24時間働ける

  • 体調不良で休まない

  • 有給休暇も社会保険料も必要ない

  • 退職や転職をしない

  • 待遇に不満を言わない

  • 人間関係のトラブルを起こしにくい

人間と同じ仕事をAIが安く、速く、正確にできるなら、利益を優先する企業が

人間を減らすのは自然な判断でしょう。

 

「人間を大切にしましょう」という精神論だけでは解決しません。

AIに置き換えた企業の方が安い商品を提供でき、多くの利益を出せるなら、

人間を多く雇う企業ほど競争で不利になってしまうからです。

最初に影響を受けるのはホワイトカラーかもしれない

かつては、機械に奪われるのは工場や肉体労働で、頭を使う仕事は安全だと思われていました。

ところが生成AIの登場によって、むしろ逆転し始めています。

 

AIが得意なのは、文字、数字、画像、音声など、パソコンの中で扱えるデータです。

データ入力、議事録、報告書、翻訳、経理処理、問い合わせ対応、広告制作、

プログラミング、契約書の確認などは、かなりAIに移しやすい仕事です。

 

一方で、水漏れを直す、エアコンを交換する、高齢者の身体を支える、

工事現場で状況に合わせて作業するといった仕事は、現場が毎回違います。

 

人間なら、周囲を見ながら道具や作業方法を変えられます。

 

しかし、未知の場所でロボットを安全に動かすには、高度な技術と大きな費用が必要です。

 

文章を作るAIは、一度開発すれば何百万人にも同時に使わせられます。

しかし、水道を修理するには、その家まで誰かが行かなければなりません。

 

皮肉なことに、AIは肉体労働から人間を解放すると思われていたのに、

最初に危なくなったのは、冷暖房の効いたオフィスでパソコンを操作する仕事なのかもしれません。

それでも人間の判断が必要な仕事は残る

私が携わっている不動産の仕事も、物件情報を検索して紹介するだけなら、

かなりの部分をAIが担えるようになるでしょう。

 

しかし実際には、お客様の希望を個別に聞き取り、何を優先して何を妥協できるのかを整理し、

条件に合う物件へつなげなければなりません。

 

契約手続きも、管理会社によって申込書の書式、必要書類、保証会社、契約方法、鍵の受け渡しなどが違います。

書面には書かれていない独自ルールや、担当者ごとの対応の違いもあります。

 

賃貸管理では、さらに例外の連続です。

「給湯器がつかなくなった」と連絡が来ても、本体が故障したとは限りません。

電源の抜き差しやリセットだけで直ることもあります。

「水道から水がポタポタ漏れる」という連絡も、パッキンを交換すれば

すぐ直る場合もあれば、配管内部の深刻な漏水という場合もあります。

 

すべて業者へ依頼すれば、出張費や点検費が積み重なります。

反対に、費用を惜しんで危険な電気やガスの不具合まで自分で対応すれば、事故につながりかねません。

 

必要なのは、何でも自分で修理することではありません。

簡単に解決できる問題なのか、専門業者へ任せるべき問題なのか、緊急性があるのかを判断することです。

 

AIは写真や動画から原因候補を挙げられるようになるでしょう。

それでも、音、臭い、触った感触、設備の古さ、過去の修理履歴、入居者の説明などを総合し、

責任を持って判断する役割は、しばらく人間に残ると思います。

AIへ置き換えた企業も、最後には困る

企業が人件費を削ってAIに仕事を任せれば、短期的には大きな利益が出ます。

しかし、多くの企業が同じことを始めたらどうなるでしょうか。

 

人間の雇用が減り、給料を受け取れない人が増えれば、商品やサービスを買える人も減っていきます。

AIは家を借りません。洋服も買いません。外食もしません。旅行にも行きません。

 

企業にとって人間は、削減したい「人件費」であると同時に、商品を買ってくれる「消費者」でもあります。

一社だけが人間を減らせば得をします。しかし、社会全体で人間の所得を減らしてしまえば、

企業自身が市場を失います。

 

AIが優れた商品を大量に作っても、買う人にお金がなければ経済は回らないのです。

そこでベーシックインカムが必要になる

ここでベーシックインカムの話につながります。

 

AIやロボットが生み出した利益の一部を税金などで社会へ戻し、

すべての人へ一定額を給付する仕組みです。

 

これは単に「働かない人を養う制度」ではありません。

 

働きたくても人間の仕事そのものが足りない社会で、

生活と消費を維持するための分配制度になるのではないでしょうか。

 

AIで企業の利益が増え、その一部を国民へ分配する。国民は受け取ったお金で生活し、

商品やサービスを購入する。そのお金が再び企業へ戻る。

 

その循環を作らなければ、AIを所有する一部の企業だけが豊かになり、

大多数の人は仕事も収入も失うという、極端な格差社会になりかねません。

何もしなくても生きられる。しかし少し働けば豊かになれる

ただし、すべての人へ最低限のお金を配るだけでは、経済は十分に回らないかもしれません。

将来への不安が大きければ、人は給付されたお金をなるべく使わずに残そうとします。

最低限の給付だけでは生存できても、旅行、外食、趣味、買い物といった消費までは生まれにくいからです。

 

そこで必要になるのが、二段構えの仕組みだと思います。

まず、何もしなくても最低限の生活は保障される。

 

そのうえで、人間にしかできない仕事や社会に役立つ活動を少しすれば、高い報酬が得られる。

例えば、高齢者の話し相手、子どもの見守り、地域の防災活動、トラブルの調整、

AIが作った書類の最終確認、現場での修理や点検などです。

 

今のように時給千円台で一日8時間働くのではなく、AIがほとんどの準備を終わらせ、

人間は最後の判断や対応を短時間だけ行う。その1時間には、時給1万円ほどの価値が付くかもしれません。

 

もちろん、何の制度もなく企業に時給1万円を強制すれば、企業はさらにAIへの置き換えを進めるでしょう。

企業が通常の賃金を負担し、AIが生み出した利益から社会が上乗せする。

あるいはAIによる利益を「社会配当」として国民へ分配するなど、新しい仕組みが必要です。

 

目指すのは、一部の人だけが長時間働き、残りの人が完全に失業する社会ではありません。

仕事をみんなで少しずつ分け、短い時間でも十分な収入を得られる社会です。

「社会貢献」の点数化には注意が必要

もっとも、国やAIが「この活動には価値がある」「この人は社会に貢献していない」と判定し、

給付額を決める社会には危険もあります。

 

家族の介護、子育て、近所の人への手助け、芸術活動、誰にも評価されない研究、心身を

回復させるための休養にも価値があります。

 

そのため、最低限の給付は理由を問わず保障し、追加報酬は本人が選んで参加した仕事や活動に

対して支払う、という分け方がよいのではないでしょうか。

 

病気や障害、介護や育児などで働けない人もいます。人生の中で一時的に立ち止まることがあってもよいはずです。

「働けない人は価値がない」という社会にしてはいけません。

問題は、仕事が減ることではなく富の分け方

AIが作る未来は、必ずしも暗いものではありません。

AIが大部分の仕事をしてくれるなら、本来、人間は今より短い労働時間で豊かに暮らせるはずです。

 

それなのに失業と貧困が増えるとしたら、技術が悪いのではありません。

AIによって仕事は減ったのに、収入だけは今までどおり「長時間働いた人にしか与えない」という

古いルールを続けることに無理があるのです。

 

これから問われるのは、AIが人間の仕事を奪うかどうかだけではありません。

AIが生み出した富は、いったい誰のものになるのか。

AIを所有する一部の企業だけのものになるのか。

それとも、社会全体の豊かさとして分け合うのか。

 

最低限の生活は保障され、少し社会に関われば、旅行や娯楽も十分に楽しめる。

人間にしかできない判断や対応には、短時間でも高い報酬が支払われる。

 

そんな社会にできれば、AIは人間から仕事を奪う敵ではなく、

人間を長時間労働から解放してくれる存在になります。

 

AIが作る未来が天国になるか地獄になるかは、AIの性能ではなく、

AIが生み出した富を私たちがどう分けるかで決まるのかもしれません。