月季姫と白金の嵐27 | **arcano**・・・秘密ブログ

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韓流、華流ドラマその後二次小説、日本人が書く韓流ドラマ風小説など。オリジナルも少々。
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『白…嵐様…』

声なき声である。微に耳に届くや

叫んだ。


『紅露っっ』


僅かに口角を上げ横たわる紅露に白嵐は安堵した。紅露が村から消えてから白嵐の脳裏には常に吹雪が吹き荒れていた。風は吹き荒び身体中に突き刺さるような雪粒。閉ざされた氷の世界が紅露の一言、たった一言。

名を呼ぶ声に一気に氷解し風は突如として凪いだ。


白嵐は紅露と初めて遭遇した宵闇を思い出していた。

湖を滑る風、周辺の月季の枝を揺らし盛りの花は花弁を湖に撒き散らしていた。


夜空には月が浮かび

真夜中の空気に溶け込むように対岸の光を帯びた月季が一輪、他のものとは一線を画し一際異様な美しい佇まいを見せていた。


何を思ったか目の前を歩く李順が水際に飛び出し棘に傷つくのも忘れ深みに進むのを止めようと李順の懐にしがみついた。

我を忘れた人間は例え子供でもとてつもない力で猫の琥珀の姿では抑える事はできず、とうとう元の姿に変化した。李順を咥え引き返さず敢えて対岸の輝ける月季の元へ向かったのは、冷たい湖にただ1つ見えた光る月季を一目確かめたかったのだと、白嵐は認めざるを得なかった。


探し求めた紅露が薄らとでも目を開け声は微かでも『白嵐』の名を呼ぶ事に喜ぶ己に気付いた。


『紅露っ』


だが男は紅露の身柄を渡そうとはしなかった。


『彼女は私に光を与えた。これから先も傍で私を救ってくれると約束した』


『あ、兄者…兄…その娘を…血を…早く』


『…妹のそんな見苦しい姿は見たくなかった…光が戻って一番の恨みどこだ』


侮蔑の視線を夜光に向けるが夜光は呻き声をあげながらもがいている。


『もはや言葉も通じぬのか美しさを忘れるなど一族の恥だ。その様な者は我が一族には不要だ…』


『………やめ…』


邸の主晩夜は鋭い爪を蠢く夜光に向けて伸ばした

夜光は逃げる事も出来なかった。

一瞬の出来事であった。

晩夜の腕にありながらぐったりとしたまま紅露は兄が妹に向けた攻撃を制止すべく手で遮った。


『!!』

皆は驚嘆しながら成す術もない程瞬時の事である。

しかし無情にもそれすらものともせず紅露の掌を貫通した鋭い爪は尚も伸びていく


『!!!』


晩夜の爪が夜光の額に届く寸前、月季の枝が絡みつき動きを封じた。

そして突き抜かれた掌から紅露の赤く溢れる血液が伸びた枝を伝い流れ夜光の唇に吸い込まれるように落ちていった。

甘美で芳しい。


その雫を口にした夜光は再びのたうち回った。


『なんだ?あ、あれは…どういう事だ?』


天空は目の前で起きた事が理解できずにいる。

夜光を見つめその変化を観察しながら六合は顔を上げた


『あれは恐らく体内の毒素と紅露の治癒の力が戦っているのだ』


『毒素?』


驚きの声を上げたのは晩夜であった


『六合とやら…妹は毒にやられていたと?』


『どの様な毒かは分かりません調べてみる必要があります。ですが見て下さい…青白い肌がみるみると赤みを帯びてきている。まるで生きた人間のように』


『この西の妖は毒に侵されていたという事か六合。さりとて子供達を親から拐い喰らって来た罪は重い…』


『子を拐う?親から子を盗んだという事か?』


『何だ晩夜。何か異議が?』


のたうち回っていた夜光の動きも荒々しかった呼吸もやがて静かになった。振り乱されていた赤い髪も艶やかで夜光元来の美しい姿に戻っていく。


晩夜は鋭く伸ばした爪に絡まった紅露の枝が力を失い萎れ枯れ行くのを感じた。


『薔薇の姫よ…自ら身を投げ出し妹にまで力を注ぐとは…その様な者が存在するなどと聞いてはいなかった…しかし私に光を戻した彼女だ…想定できない事はない……なんだ?聞いていた話と随分と違うではないか…』


邸の主人は目の前で起きた事が信じられず動揺する。


『紅露っ』


白嵐は生気の失われた紅露を茫然自失する晩夜の腕から奪った。


冷たい身体を震わせ紅露の肌も唇も青ざめていた。


『紅っっ目を開けろ…私を見るのだ。その目に私を映せ…』


『白嵐様…どうされたんです』

天空は白嵐の取り乱しように驚く


『天空、白嵐様は恐怖を知った』


『恐怖?何を申すか六合殿。四神西の神だぞ?武神であられる白嵐様が恐怖?おかしな事を申すな』


六合の説明に納得できない天空は怒りの咆哮をあげた


『理解できぬのも無理はない…まだまだ年若いお前には知らぬ事も多いだろう…だが白嵐様から溢れ出る気は怒りでもなく焦りでもなくただただ恐怖の気だ…白嵐様自体も初めて知る感情かも知れぬ』


『感情?感情などというものは我々には関わりのない事。何かに囚われるなどあるはずも無い』


『未熟である事は罪では無いが大きなものを失う事になる…』


『んなっ…なんだと?』


『しっ…我々が揉める事ではない。やはり従者はかくあるものか。我が主青龍様がよくいう言葉だ。

天空そなたも沈着冷静に見せてはおるが白嵐様に似て直情型であるのだな…それより、見てみろ晩夜なる者も茫然自失だ…転がっておる夜光もただ眠りについている様だ…何かおかしい…』


『?』


天空は六合の言葉の意味が飲み込めなかった。


『おかしいとは何がだ?それに白嵐様は何が恐怖なのだ。』


天空には六合の言葉の意味が分からず、しかして目に映る白嵐の蝋梅ぶりに驚きを隠せなかった。


『紅露を失う恐怖だ』


『なっ!そんな…そんな事あるはず…』


『無いと思うか?あの姿を見ても』


白嵐は紅露を抱きしめている


『………』


『大丈夫…です…少し…疲れただけです…』


白嵐の耳に紅露の囁きが届いた


『紅露!』


『抱きしめて…力を分けてくださって…あり…』


紅露は深い眠りの淵に転落していった。