いつもの日課、周辺の警備巡回に余念がない秋月。何やら不穏な空気を感じ取っていた。
それは明確な【気配】がある訳ではなかったが何処か空間が歪んでいる様な不可思議な感覚である。
『………』
谷を見渡せる切り立った断崖で何となく全体を見渡しおかしな点はないか確かめようとしていた。
『………』
耳を澄ましても小川の水音、鳥の囀りに風が花を揺らす音しか耳に届く事はない。
『?誰だ?』
背後を睨む。
木立の影に潜む何者かが声を出す。
『はっ…秋月様…失礼致しました。蝶瑶でございます』
『あぁ、なんだお前か…千月の翼星主がどうした?葉顔からの連絡か?それとも何か私に用でも?』
『あ、いえ…ただ少し…気になる事があったものですから…立ち寄ってみたのです…此処なら谷を一望できますので…』
『…気になる事?』
『はい…それが…その…』
蝶瑶の様子にすぐ様反応する秋月
『それは、この谷周辺警備の任を解かれた後もまだ定期的に見回っていた事が関係するのか?』
『え、、ど…何故それを…』
明らかな動揺を見せる蝶瑶に近付くと、片膝をつく青年の肩に手を置く
『あ、あの申し訳ございません…あの…』
『お前は次期洞主候補として葉顔に付いておるのではなかったか?それともまだ春花を好きか?』
『はい…いや、いえ違います。違うと言うか』
『私に嘘は通用せぬ。誤魔化しも効かぬぞ』
『……仰る通りでございます。今更隠すつもりもありません。春花様をお慕いしております。申し訳ありません。しかし何かを求めている訳ではないのです。それだけはどうか…』
青年は先程の落ち着かない様子を一変させ、堂々と秋月の妻春花を慕っている事実を言って退けた。清々しいほどの潔さは鳳鳴山荘のかつての盟主簫白にも似ている。およそ魔教の者としてはそれらしくない性質に眩しさを感じた。
『わかっておる。謝る必要はない…任を解かれた後も尚心配して見回っておった事も分かっておった』
『!!し、心配など私などが烏滸がましくもすべきではないのですがやはりどこか心配になり』
『ああ、尤もだ。その危機感は間違いではない…なにせ春花だからな…』
深いため息を吐く秋月に、どこか親近感を感じる蝶瑶は秋月に対する畏怖や緊張が徐々に解けていき、報告しようとしていた異変を思い出していた。
『で?気になるとは何だ?』
『は、実は…時々、宵の口に差し掛かる頃、異様な空気を感じる事があるのです。
特に、雨の後にこの辺りを覆う空気がいつもと違うのです…説明が難しいのですが…』
蝶瑶の言葉に秋月も、いつも異変を感じるのは同じ条件が重なった時分だと気が付いた。
『こんな事なら春花の言いつけなど無視してあやつを腕の中に隠しておればよかった』
『秋月様は江湖の人々の役に立つように薬や毒の知識を編纂する作業を続けていると聞きました。それも春花様のお考えで…お陰で千月洞もハ仙の医者の弟子達が薬草の知識を得に学びにくる始末です…魔教ではなくなった千月を秋月様にも見て頂きたい』
『……しかし…確かにそう言えば確かに時折春花の衣が濡れておる…あれは雨の中で歩いたからか?』
『春花様は…』
『聞いても何故濡れたか分からないと言うのだ。しかし嘘をついておる様子でもない…氷蚕珠も異変を知らせる事もせぬ…しかしやはり何かあるのかと見回っておったのだ』
それは夕立の後、舂く時刻に差し掛かっていた。
思い出したように太陽が雲間から顔を覗かせていた。さながら雨に隠された太陽が抵抗しているようにも見える。
日中の上昇した気温が夕立により一気に熱を奪われ、地中から立ち上る霧が谷をより一層別世界にしていた。
濡れそぼる谷の花々、霧と今正に落ちんとしている夕陽の幻想の饗宴である。
『雪蘭様にも聞いたのですが…恐らく同じく夕立雨の後に必ず結界が不安定になる瞬間があるそうです…』
『ほう…雪蘭に聞いたのなら間違いはないだろう、あの鳳鳴山から伝奇谷周辺に結界を作っている本人なのだからな…しかし…とすると…』
『はい…そしてそういった時分必ず異変があります』
『異変?』
『はい、以前もありましたが桃雨様は何かに誘われる様に邸から外に出ております。以前碧水の者達に誘拐された時も確かその様な条件が重なっておったかと…特殊な条件ですので年にそう何度もはありません』
『春花のおかしな様子もそれと関わりがあると?』
『はい…原因は分かりませんが…今日また夕立が谷を襲いましたのでよもやと思い…』
『駆けつけてくれたのだな……して、葉顔は知っておるのか?』
『あ……いえ』
『…まぁ、あやつが知らぬ筈はない。知りながら知らぬ振りをしておるのだろうよ』
『………』
秋月の言葉に顔色を蒼白にさせる蝶瑶
『まぁ、心配するな私が呼び付けたとでも言えば済む話だ…それにしても桃雨が邸から一人で出るとは…春花は何をしておるのだ』
『それが…桃雨様を追う事で精一杯で、桃雨様を見つけて連れ帰る時には普段通りで…しかし何処か違和感があり 』
『………違和感?』
『まるで薬か何かで眠らされた後覚醒した様子と似ています』
『………邸に戻るか』
これまで小さく湧いた疑問が繋がりがあると確信し秋月は邸へと向かった
胡蝶の夢2へ続く
気分変えたくて脱線短編です。